バンコク

日程 12月 1月 写真集
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バンコクのF女史の自宅に帰り着いたのは12月31日の22時頃。日本とタイには2時間の時差があるので、日本ではちょうど新年を迎えたところです。パソコンを借りてメールをチェックしてから、F女史と共に外出。2001年のカウントダウンを行うであろうワールド・トレード・センターへタクシーで向かいます。世界一の渋滞都市バンコクも正月は帰省する者が多いためいつもに比べて車が少ないのですが、交通規制がかかっていて思うように目的地に近づくことができません。運転手が上手に裏道を行ってくれて、歩いても数分の地点まで近づいたところで残り10分。車を降りてワールド・トレード・センター方面に行ってみると、歩行者天国状態で群集(翌日の新聞記事では"More than 10,000 people")が広い道幅いっぱいに詰まっており、伊勢丹前の仮設ステージ上では大音響で音楽を流しながら芸能人らしき人達がカウントダウンの指揮をとっています。10秒前から秒読みに入り、群集が声を揃えて「シップ、カー、ペー、……ソーン、ヌン、スー!」となった途端、頭上で派手な打ち上げ花火が上がりました。町のど真ん中で打ち上げ花火とはやるなー、と思いながら人並みを泳ぐようにしてスカイ・トレインの駅を目指します。願いごとがよく叶うというエラワン祠の前には、新年一番の願いごとを熱心に祈る人達が花を捧げており、こちらも便乗して手を合わせました。ひと駅歩いてThanon駅から乗り、二駅目のNanaで降りて帰宅。スクンビットからマンションまでの裏道に点在するクラブやディスコからも新年気分の景気のいい音楽が流れていて、町全体が浮かれた雰囲気です。それにしても街角のそこここに、ファラン(西欧人)の中年男性とタイ人女性のカップル、母子の物乞い(そのうちの何割かは組織的な偽装母子)、満ち足りた風情の放し飼い(またはノラ)の犬、といったバンコク名物はやはり健在でした。

カウントダウンの花火 エラワン祠へ祈りを捧げる人々

明けて元旦。今日は一日休養日。

バンコクの夜明け

お手伝いのエトさんは年末から帰省しており、広い家の中にはF女史と私、そして白猫タイクー。タイクーは毛がふさふさになってまるでモスラの幼虫のようになってしまっています。相変わらずかつお節に目がなく、ふだんは見なれない私を警戒して容易に近づかせないくせに、こちらがかつお節の入った冷蔵庫の前に立つと好物をねだってテーブルの上に飛び乗ってきます。まったく現金なネコです。

タイクー(1) タイクー(2)

夜になって、F女史の運転する車で再びワールド・トレード・センターへ。7階の「MK」でタイスキを食べるのが目的です。店内は何組ものタイ人の家族連れで明るく賑やかですが、さほど待つこともなく席に案内されました。テーブルの上の鍋にはだし汁に薄切り大根が数枚浮かんでおり、山盛りの野菜や豆腐、春雨などの基本セットの上に、つみれやわんたん、肉、えびといった具をアラカルトでチョイスする仕組みで、タイ「スキ」とはいってもどちらかというとちゃんこ鍋に近い感じ。タレはチリ系の茶色いドロッとしたもので、刻んだパクチーも入ったこのタレが顧客獲得のポイントになるらしく、その製法は各店の秘伝です。最初に野菜を片端から鍋に入れてしまい、具は後から順次入れていきます。おいしいことはおいしいのですが、注文し過ぎて食べきれません。必死の思いで最後の雑炊(だしが多過ぎてお粥になってしまいました)を食べて、二人合わせて595バーツ(一人800円くらい)。

タイスキ(明らかに注文しすぎの図)

その後は「ファミリーカラオケ BEE」なる店で2時間カラオケを歌いまくりました。わざわざ「ファミリー」とうたってあるのは、タイでカラオケというと男性客の横に女の子がついて……という業態が一般的だからです。ここのカラオケルームには部屋ごとに日本の都市名がついており、我々の部屋はなぜか「高知」。高知市の人が入ったら怒るんじゃないかと思える狭い質素な部屋ですが、店員は愛想いいし日本語もなんとなく通じるし、バンコク在住の日本人にはなじみの店のようです。ただ、リモコンの表記がEnter=輸入、Reset=清除、First=挿播というのは、いったいどこの国のものでしょうか?