ランプーン / ランパーン
8時半にホテルのロビーでキップさんと落ち合って、いよいよ本格的な旅の始まり。今日は、タイ人がこの地を支配する前にモン人が築いたハリプンチャイ王国の故地であるランプーンとランパーンのふたつの町を訪ねます。
チェンマイから南へ伸びる街道は、ヤーグの巨木が並木を作っています。さしたる時間もかからず着いたところが、まずヴィアン・クム・カム。これは、ハリプンチャイ王国を征服したタイ人のメンライ王がチェンマイに都を定める(西暦1296年。以下、特にことわりがないときは西暦)前に王宮を置いたところだそうです。場所が手狭なのと水害を受けやすい地形だったことから、ここは10年程で放棄されてしまい、今では寺院の内外にレンガの遺構が複数残されているだけです。

さらに走ってランプーン。ここは、7世紀にロッブリー(現在のアユタヤ北方50km。ドヴァーラーヴァティー王国の中心地のひとつ)から招かれた王女チャーム・ティウィーが、モン人の国ハリプンチャイを興したところとされています。ランプーンで最初に訪れたのは、チャーム・ティウィーの遺骨が納められているというストゥーパ。1層に3体の仏像が、5層×4面で計60体も飾られており、上部には蓮の葉の飾りも見えますが、頂上にあったという黄金の蓮の花は今は失われてしまっています。
続いて、11世紀にモン人によって建立されたワット・プラタート・ハリプンチャイを訪問。入口で黄色い菊の花をバナナの葉でちまきのように巻いたものに線香とロウソクを買って、左手にまばゆい黄金の仏塔の前に供えましたが、ここでは北タイの仏教美術の高度さをまざまざと知ることができます。後にタイ人が建てたワット・プラタート・ドイ・ステープの黄金仏塔にも影響を与えているそうです。

昼食はランパーンに移動する途中の食堂で麺を食べました。F女史は小麦粉の麺(バーミー)、私は米の麺(クイッテオ)のスープあり(ナーム)。2杯ずつ食べましたが、酸味のきいたスープがなかなかの味で、おいしくいただきました。ランパーンでは、まずモン人が建てたワット・プラケーオ・ドーンタオ。仏塔はハリプンチャイ様式、本堂はラーンナー様式(破風の形と装飾が特徴的)、仏塔前の御堂はビルマ風と、この地方の歴史を集約したような寺です。ここには、現在バンコクのワット・プラケオにあるエメラルド仏が32年間安置されていたことがあるとのこと。

寺の中を歩いていると、背丈くらいの高さの細い角材の柱のてっぺんと、上から5分の1くらいのところに横に十字に枝を伸ばして4つ、足元に近いところにひとつの計6つ、バナナの葉で編んだ四角い盆が置かれ、それぞれの四隅に小旗が立てられて水や花などが献じられているものに出会いました。キップさんによれば、これは北タイの習慣で、頂上の盆は山、中段の4つは人間の住むところで、足元は地獄をあらわしているとのこと。この説明でピンときましたが、頂上は須弥山で中段の4つの盆は閻浮提等であり、全体で仏教的宇宙観を示しているのでしょう。

続いてワット・チェディ・サーオ。「サーオ」は北タイの言葉で「20」の意味であり、この寺には名前のとおり20のチェディが建っています。また、奥には小さな黄金仏を安置した御堂もあります。釈尊入滅500年後に建てられ、その後放置されていたものを1916年に再建したものだ、という説明でしたが、それが本当なら今は仏暦2543年なので2000年程も昔の建立ということになってしまう?私が聞き間違えたのかもしれませんが、白いチェディは目に痛いくらいに眩しく輝いています。見物を終えたところでアイスクリームを食べましたが、気温は30度を超えているはずなのに空気が乾燥しているせいか、汗はかかずにすんでいます。

今日最後の見どころはワット・ランパン・グルーアン。ナークが両側を守る階段を登ると屋根だけで壁のない吹き抜けの巨大な本堂があり、左に回り込むと大きな仏塔が目に飛び込んできます。色合いの美しい銅板で覆われ、てっぺんに金の傘を載せた仏塔は仏暦1992年(西暦に直すと1449年)に建立されたとのこと。キップさんの説明では、金を使うと戦争でビルマに持っていかれてしまうので、頂上にしか使わないのだそうです。仏塔の近くの祠には暗闇の中に黄金の仏があり、その右手に壁にあけられた穴からレンズ効果で仏塔の姿が白布の上に像を結んでいる(右の写真)のが不思議です。また、仏塔の裏手の祠には、チャーム・ティウィーがロッブリーから持ってきたと伝えられる仏像も安置されていますが、むろん真偽の程はわかりません。

これで私の歴史学の時間は終わり、今度はF女史のお買い物タイムに変わります。チェンマイの銀細工店「シップソン・パンナ」で長い時間をかけてソンクラン・ボウル(水かけ祭などでつかう鉢)を3,700バーツでゲット。さらにターペ・ロードの「アチャウ・シルバーウェア」で銀糸で編んだ小筺を3,300バーツでお買い上げ。すごい購買意欲だ……。バーツの手持ちが乏しくなったF女史が両替したいというと、キップさんはホテルの近くのとある店へ我々を連れていってくれました。看板には「泰上養蜂公司」と漢字で書かれており、名前の通り蜂蜜屋さんなのですが、闇でバーツを円に替えてくれていてレートがすこぶるよいのでした。ついでに壜詰の蜂蜜も買いましたが、蓮の花の蜜とラムヤイの花の蜜のブレンドという不思議なものでした。
夜はオールド・チェンマイ文化センターでチェンマイ名物カントーク・ディナー。タイ北部の伝統料理をいただきながら古典舞踊を観るというもので、とてもおいしくいただきました。舞踊は伝統楽器を使って、タイ・スマイルの女性がゆったり優美に踊られるものが多かったのですが、男性が剣を次々に首の回りにひっかけて格闘技風に踊る剣の舞だけはアップテンポで観客の拍手もとりわけ高まります。ショーが終わって外に出ると、夜店が出ていて山岳民族(ヤオ族、リス族、メオ族(=かつてのモン人))が民族衣装などを売っていました。