メインイベントが終わって今日はバリ島東部周遊の日。ガイドブックに書いてある面白そうなポイントを、ウブド起点で行ける範囲内でなるべくどん欲に見て回ろうというわけです。8時45分にホテルのロビーでグン氏と落ち合って、車で出発。

まずはウブドからいったん南下し、バロンダンスのメッカ、バトゥブラン村の劇場に入ります。劇場といっても、客席には屋根があるものの舞台はオープンエアで、中央奥には割れ門があり、下手にガムランの楽団の座敷。役者たちは奥の割れ門から現れて正方形の舞台上に繰り出す仕組みです。我々が会場に入ったときは客はほとんど入っておらず、最前列のうまく日陰になる位置を占めて開演を待つことができました。後から西欧系やアジア系のお客が三々五々入ってきましたが、最初から切れ目なくガムランを演奏し続けている20人ばかりの奏者たち(縦笛一人を除いて皆打楽器です)が手元を見ずに客席ばかり見やって「今日も客が少ないな〜」という顔をしているのが笑えます。やがて、それ以上の客の入りを諦めたように開演。

バロンダンスのストーリーは、次のようなものです。
- サデワ王子はこの日、パタリ・ドルガという死神のいけにえとしてささげられる運命にあった。サデワ王子の母である女王の二人の召使いがそのことを悲しんでいると、死神の使いである魔女が二人の前に現れる。緊迫したやりとり。魔女が帰った後に、召使いはサデワの国の首相に助けを求める。
- 首相と女王の登場。魔女は女王の気が変わらぬように、女王に呪いをかけ、サデワ王子をいけにえにするようにと首相に命じさせます。
- 首相は女王の命令に背こうとするが、やはり魔女に呪いをかけられ、サデワ王子を死神の住む家の前に縛りつける。
- シヴァ神はサデワ王子が木に縛りつけられているのを見て哀れみをもち、サデワ王子を不死身にする。
- 死神が現れ、いけにえの儀式にとりかかろうとするが、サデワ王子が不死身の身体になっているのを見ると自分の敗北を認める。死神は、サデワ王子に自分を殺してくれるよう頼む。これによって死神は天国へ行けるからだ。
- 死神の第一弟子のカレカは同じように天国に行きたいと望み、死神同様に殺してくれるよう願うが、サデワ王子は同意しない。カレカは巨大な動物や鳥に変身してサデワ王子と戦うが、いずれも負けてしまう。カレカは最後の力を振り絞って悪魔の女王であるランダに変身する。サデワ王子はこのままではランダにかなわないと知り、真実の神バロンに変身する。
- バロンの味方が現れるが、ランダの魔法によりバロンに挑みかかる。バロンはランダのかけた魔法を取り除き、結局はランダとバロンの終わりのない戦いが続く。
サデワ王子役の役者さんは凛々しい顔立ちの若い女性で、張りのある高い声を独特の節回しで語り、なかなかかっこいい。一方二人の召使いはかなりコミカルな役どころで、表情もオーバーだし、死神に脅されて舞台をつっきり客席中央の通路を逃げてきて客の袖にすがってみせたりして笑いをとっていました。そして、長〜い白髪に長い爪をもち邪悪な面をかぶった死神の舎弟たちはユーモラスな猿ですが、魔女カレカは黒髪の長い不思議な雰囲気を漂わせた女性。二人がかりで演じられる、獅子舞の豪華絢爛版のような聖獣バロンは体長3m、その仮面と胴体はあわせて重さ80kgもあるのだそうですが、そうしたことを感じさせないダイナミックな動きが見応えたっぷりです。
バロンダンスのストーリーは、善と悪とがどちらの勝利もないままいつまでも同時に存在し続けているというバリの二元論的な思想を反映しています。バロンとランダの戦いは永遠に続くし、ランダにかけられた魔法をバロンによって解かれた使徒たちは最後に胸にナイフ(クリス)を突き立てますが、それでも死ぬことすらできません。日本的な勧善懲悪とはまったく異質で、見ているうちにバリの霊的な世界へ吸い込まれていくような錯覚すら覚えます。
劇場を出て車に乗り、今度は北上してキンタマニを目指します。その途中に立ち寄ったのがトゥガララン。ここはライステラス(棚田)が有名です。ビューポイントの近くで道路脇に車を停め、谷をはさんだ東側に何重にも連なるライステラスを眺める。あいにく稲が刈り取られたあとの様子でしたが、ここに緑の稲がふさふさと植わっていたら、本当に美しいに違いありません。そんな様子を想像しながらしばらく景観を楽しんでから車に戻り、さらに北へ進みます。道はどんどん高度を上げ、やがて見晴らしのよい場所に出たらそこがバリ島きっての景勝地、キンタマニです。巨大なカルデラの中央火口丘が標高1,717mのバトゥール山、外輪山の東側にある最高峰が2,153mのアバン山で、この間にとても大きなバトゥール湖が広がるなかなか雄大な眺めです。18年前のかすかな記憶では、カルデラの中はもっと荒涼とした雰囲気だと思っていたのですが、いまこうして見るバトゥール山周辺は緑が豊かで、バトゥール湖の周囲にはホテルやレストランも建ち並んでおり、ずいぶん印象が違っていました。ただの記憶違いなのか、それとも18年の間に環境が変わったのか、どちらなのでしょう。

我々はカルデラの下までは降りず、外輪山上の展望台からカルデラの全景を眺めた後、近くのレストランで昼食をとりました。注文したのはナシ・チャンプルですが、さすが観光地でカフェ・ロータスの1.5倍の39,000ルピアもしました。また、ビールBali Hai(映画『南太平洋』を思い出します)は苦みがきいていて実においしかったのですが、窓の外で物売りがさかんに商品を広げてこちらにアピールしてくるのがちと興ざめ。
食事を終えたら車に乗って、今度はキンタマニの東南に位置する聖峰アグン山南麓のブサキ寺院に向かいます。途中の山道はよく整備されていて、バトゥール湖がますます大きく立派に見えるようになりましたが、あいにくアグン山は雲に隠れて姿を見せてくれません。アグン山は標高3,142m、バリの人々の精神的な中心地で、伝統的な方角は東西南北ではなくアグン山方向(カジャ=清浄な方角)とその反対(クロッド=不浄の方角)となっているほど。しかし、そのアグン山のてっぺんに登るツアーもあるのですが、バリ島の人々は聖なる山の頂に外国人たちが土足で立つことにどういう感情を持っているのでしょうか?それとも昔から講中で登られている富士山のようなものなのかな?

ブサキ寺院はバリ島のヒンドゥー教の総本山で、16世紀から本格的に栄えた由緒ある寺院です。アグン山の手前の斜面にいくつかの小寺院を細胞のように集めた複合寺院の姿をしており、正面中央には背の高い割れ門(上の写真)、その奥にはこれも背の高い、そしてたくさんの塔(メル)が建ち並びます。我々のような観光客は境内に入ることはできず、各小寺院の間を走る通路のような坂道を巡るだけですが、ちょうど地元の人々が祭礼に訪れている様子を門からのぞいたり、塀越しに塔やお堂を見ることができます。そして正面の割れ門の右側の階段を登って坂道を突き当たったところにある展望台からは、広い寺院の全体像やその向こうに広がるバリ島東部の広闊な眺めを見やることができて、自然に心が落ち着いてきます。


ところで、ブサキ寺院に入るときはバリ島の正装であるサルン(腰布)をまとわなければなりません。F女史は以前にもブサキ寺院に来たことがあるので、あらかじめ日本から大きな風呂敷を持ってきており、それを私にも貸してくれたのでサルンを買わなくてすみました。ミャンマーでロンジーを買っておけば、それでもよかったのかも知れません。また、寺院の門の前には飾り付けを施した高い竹が立てられており、道中の村でもこれが道の両側に並んでいるのを時々見かけましたが、これはペンジョールと呼ばれる一種の幟で、天と地をつなぐ龍を表したものなのだそうです。




バリ島東部周遊の旅はこれでだいたい終わりですが、最後にウブド近郊のゴア・ガジャに立ち寄ることにしました。11世紀に造られた寺院遺跡で、駐車場から斜面を下りていくと下の広場にいかにも古そうな石造の沐浴場が地面を掘り下げるように造られており、広場の左手に巨大な異形の石彫りが施された洞窟の入り口があります。中に入ってみると豆電球の明かりでかなり暗く、そこにガネーシャ像やリンガ、僧が瞑想したという横穴がしつらえられていました。昔は豆電球などなかったから、たいまつの火でも入れていたのでしょうか。そうすると相当な暑さだろうし酸欠も心配。瞑想も楽ではなかっただろうと大昔の僧に同情してしまいました。
洞窟を出たところから川沿いへとさらに下る道に入ると、そこに造りかけの大きな石像の残骸がきれいな緑の苔に覆われて横たわっています。ただ、その苔に誰かが「BudhA」と大書してあるのが雰囲気ぶちこわしで、以前ここに来たことがあるF女史も「ひどい!」と憤慨していました。きれいな沢を渡り、ぐるっと回る小道を登ってとても美しい水田の中を抜けるともとのゴア・ガジャの境内。これで本日の観光は終了です。車でホテルに戻り、グン氏とお別れ。彼は翌日は一族で新年の行事があるとかで、明日の空港への送りは別のガイドになるのだそうです。グンさん、どうもありがとう。お世話になりました。