成田空港に06時15分到着、京成電鉄で日暮里に出て山手線で帰宅。メールをチェックするとF女史から無事帰宅した旨の連絡が入っておりひと安心。シャワーを浴びて午後には出社しました。久しぶりの東京の空気は濁って蒸し暑かったのですが、夕方には梅雨の終わりの激しい雷雨がまるでスコールのようにビルや道路を叩きました。
帰国
解説
気候について
タイの最も暑い季節は3〜5月。6〜10月は雨期となり、11〜2月が乾期です。夏には気温が40℃にも達し、一方乾期は長袖の服が合う程度に涼しいとのこと。私が訪問した雨期も、日本の梅雨のように雨が降り続くのではなく、夜になると雷を伴うスコールがやってくるもので、日中はほぼ晴天で日ざしがきつく感じられました。ただ、今年(1999年)のタイは異常気象で、夏に雨が多く降ってバンコク市内が水浸しになったかと思うと、雨期に入って今度は雨が少なく、農業生産にも悪影響が予想されています。本来三毛作の土地柄なのに、二毛作も危ぶまれていると聞きました。
言語について
タイで困るのはやはりタイ語とタイ文字です。簡単なあいさつ程度は覚えておくとしても、タクシーの運転手などに意外に英語が通じないそうです。このため、ホテルでタクシーを呼んでもらい、その際にホテルの人に英語で行き先を伝えて、それをタイ語で運転手に通訳してもらうか、タイ語で行き先を書いてもらうのがよいとのこと。また、車で通勤しているF女史は道路標識がタイ文字中心で、英語表記が小さく読みにくいとこぼしていました。
……考えてみると、日本も同じですね。
通貨について
タイの通貨単位はバーツで、ローマ字の「B」に縦線を引いた文字で表記されます。補助単位はサタンで、100サタン=1バーツですが、実際にはほとんど使用されないとか。私も涅槃寺での供え物としてしか見る機会がありませんでした。通貨価値は、だいたいバーツを3.4倍すると日本円になります。例えばお寺の入場料はどこも20バーツでしたが、これを3.4倍して円に直せば68円ということになります。ちなみに、ホテルでのチップもだいたい20バーツが相場です。

果物について
F女史の家ではいろいろと食べさせてもらいました。なんといってもおいしいのは、ラムヤイと、それを大ぶりにした感じのランブータン。皮付きの外見は随分異なり、ラムヤイは固めの茶色の皮に覆われたマスカット大、ランブータンはたまご大で赤く長い毛が伸びていますが、中身はいずれも半透明でライチによく似た親しみやすい味がします。ほかにも、懐かしいマンゴスチンや、柿をざらっと甘くした感じのラムット、マンゴーなどをいただいたほか、外ではぶつぶつした果皮の巨大なカヌン(=ジャックフルーツ:写真)やグアバも食べました。

そしてドリアン。最後の夜にエトさんに出していただきましたが、最近のドリアンは品種改良によって匂いがなくなっているとかで、たしかに想像していた悪臭(?)はまったくといっていいほど感じられませんでした。口にいれるとねちゃっと甘い味が広がり、慣れるとおいしく感じるのかも知れませんが、どちらかといえばさっぱり系が好きな日本人には敷居が高いように思います(写真は左が皮をむいた状態のランブータン、右は半分に割ったマンゴスチンと黄色いドリアンの果肉)。
歴史について
いつかきちんと勉強したいところですが、ガイドに聞いた話や寺院の縁起などから得た断片的な知識によると、次の通りです。
タイ族は中国南部から南下してきた民族ですが、それまでのタイはおおむねクメールの支配下にあり、タイ族による初めての独立国家は13世紀のスコータイ王朝。やがて1350年に興ったアユタヤ王朝が勢力を伸長し、1378年にはスコータイはアユタヤの属国となります。アユタヤの歴史は長く、1767年までの417年間に35人の王が君臨し、ヨーロッパ諸国と外交関係を結んだり、日本人の山田長政が活躍したりしましたが、度重なるビルマとの戦争の末にアユタヤは陥落。チャオプラヤー川を下って現在のバンコクの西岸に逃れ新たに開かれたのがトンブリ王朝ですが、この王朝は一代限りで終わり、1782年に対岸のバンコクにチャクリー王朝(バンコク王朝)が開かれて今日に至っています。
歴代の王の中では、タイの近代化を強力に進めたラマ5世と現国王のラマ9世が絶大な尊敬を集めているように感じましたが、この二人に限らず、タイの人たちの王家に対する尊崇の深さには、本当に感心させられます。暁の寺に案内してくれたガイドさんも、「政府は選挙が終わると約束したことを忘れるので信用されていないが(日本も一緒でしょう?)、王様は言ったことを決して忘れない」と力説していました。
宗教について
タイの宗教は言うまでもなく仏教、中でもスリランカから渡来した上座部仏教です。北伝して中国経由日本にやってきた大乗仏教と異なり、衆生の救済ではなく個人の悟りが目的ですので、僧侶は階級なく黄色い僧衣を身にまとい修行に励んでいます。また、タイの男性は成人すると誰もが最低3ヶ月間は出家して寺に入ることが義務付けられており、カンチャナブリーへ向かう途中では出家を祝う行列に出くわしました。
タイの仏像はキンキラキンで実に派手ですが、寺院建築も非常に華美なもので、どこに行っても目立ちます。破風が何層も重なった独特の屋根の建物は金色やオレンジ、緑色で飾られ、田舎に行くほどにいかに多くの富が集中しているかが伺われます。また、チェディには3種類の様式があり、ちょっと遠くてわかりにくいですが右のワット・プラケオの写真でも、手前からベル型のセイロン様式、四角い段々のタイ様式、とうもろこしの形をしたクメール様式が見てとれます。面白いのは、これらの様式が混在するケースが多いことで、どういう基準で様式が採用されているのかはガイドに訊ねてもわかりませんでした。
なお本文でも書いたように、寺院や王宮に入るときはTシャツやノースリーブ、短パンやミニスカート、サンダルなどは御法度です。宗教や伝統に対し不敬に当たる服装は控えるのが当たり前、ということです。
交通手段について
私の場合、空港と市内の往復はF女史が運転してくれる車、観光はバスツアーを利用しましたので、ほとんど公共交通機関を利用しませんでしたが、一般的にはメーターつきのタクシーを利用することが多いでしょう。走り出してちゃんとメーターを倒してくれればおおむね安心ですが、日本人が空港への移動時に凶悪な犯罪に巻き込まれるケースが続いているそうで、油断はできません。黄色と緑のツートーンカラーのタクシーなら安全、という説があるそうですが、F女史の言によればそれはあてにならないとのこと。
また、バンコク市内の名物と言えばトゥクトゥクですが、英語が通じない運転手相手に値段交渉をする煩わしさを我慢できたとしても、あの渋滞と排気ガスを考えるととてもお勧めできません。なにしろバンコクは「世界一の渋滞都市」とまで言われているのです。しかし現地の方にとっては便利な足がわりらしく、一台のトゥクトゥクに大家族が鈴なりで乗り込んでいる姿には圧倒されます。
