ヤンゴン

日程 12月 1月 写真集
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夕べの泊まりは初日と同じSofital Plaza Hotelで、今日はヤンゴン観光ののち帰国の途につく日。ゆっくり朝食をとり、カチン族の赤い民族衣裳を着たとてもかわいいドアガールの姿を見ながらロビーで待っていると、チョチョルィンさんが夫婦で現れてご主人を紹介してくれました。以前韓国や日本に住んでいたこともあるという小柄でにこやかな男性で、いかにも優しそうな親しみやすい人です。ヤンゴンはさして見どころがないので、歴史大好きな私の希望で午前中は博物館に行くことにし、その後マーケットなどを見てからご自宅に招待して下さるという、たいへんフレンドリーなプランになりました。

国立博物館のパンフミャンマー中の宝を集めたのではないかと思われるほど充実した展示の国立博物館の1階は、ミャンマーの文字の変遷を示す史料類を展示しています。9世紀以前にこの地方に存在し唐の記録で「驃」と表記されていたピューの文字や、モンの文字が今のミャンマーの文字へと変わっていく様子などが図説されているのを興味深く眺めました。ちなみにミャンマーの文字は1文字が1音節を表記していますが、ミャンマー人の名前に含まれている音の種類で、その人が何曜日に生まれたかがわかるルールになっているのだそうです。先史時代にまで遡れる古い時代の遺物もいろいろ展示されており、バガン王朝関係では、あのチャクゥ窟院にあったという彫り物が見事でした。石板の上に仏陀を脇腹から出産するマヤ夫人とそれを支える侍女の二人が浮き彫りにされており、そのふくよかで柔らかな肉体表現は、やはりチャクゥ窟院の造営にインドの美術 / 技術が導入されていたのであろうことを物語っています。バガンの仏塔の模型などもあって、アーナンダ寺院のミニチュアを見たチョチョルィンさんが「あー、なんだ〜」と呟いたのには呆然!チョチョルィンさん、日本ではそういうのを「オヤジギャグ」と言うんですけど……。

しかし、もっともすばらしいのはミャンマー最後の王朝であるコンバウン朝の黄金の美術品、とりわけ「獅子の玉座」でしょう。見上げるほど大きな木製の玉座は表面を黄金で覆われており、その重量感と工芸技術の粋をこらしたつくりは見るものをひれ伏させる威厳に満ち満ちています。実際、「The King used it on hearing lawsuits.」なのだそうです。同様の玉座は「獅子」以外にもいろいろあって全部で9座を数えたそうですが、残る8座は第二次世界大戦のときに失われてしまい、1902年にイギリスの手によってマンダレーからカルカッタに移されていたこの玉座のみが永らえてビルマ独立後に返還されたとのこと。

コンバウン朝の栄華は、英国との戦争で終わります。1853年に即位したミンドン王は首都をアマラプラからマンダレーに移し、イギリスとの外交交渉を粘り強く続けていましたが、その死後に即位したティーボー王は政治的には無力で、結局1885年に捕らえられ、インドに追放されてしまいます。そんなわけでティーボー王の評判はかんばしくないのですが、そのお妃様も人気がありません。現世のことに関心を示さないティーボー王に代わって好き勝手な政治を行っていたということになっているらしく、たしかに絵で見ると普通王が右(向かって左)、妃が左(向かって右)なのにティーボー王とその妃は位置が逆だったりします。当時の宮廷の様子はほかにも人形や絵、すばらしいつくりの各種調度品や衣類で示されているのですが、王様が100人のお妾さんをかかえていたという解説のところでつい口を滑らせてしまいました。
J「うらやましい!」
C「うらやましいですか?」
J「そ、そりゃあ」
C「女の人同士で喧嘩したりして大変でしょう」
J「いや、だから順番にね……」
C「でも、疲れますよ」
J「……」

他にもミャンマーの各民族の伝統衣裳や文化の展示、現代美術の展示など盛り沢山の内容で3時間以上を博物館で過ごし、点心の昼食をとってからボージョーアウンサン・マーケットへ。しかし中国人街で大渋滞につかまってしまいました。何しろどの車も信号などおかまいなしで交差点に突っ込んできて、そのエンジン音とクラクションの喧噪だけでもたいへんなのに、人間も負けじとどんどん車の間を縫って横断していくのですから、まったくすごいエネルギー。さすがアジア経済を支える中国人です。

マーケット

やっと辿り着いた駐車場に車を停めて、歩道橋の上を押し合いへし合いして道路を渡ります。大きな建物の中のマーケットには、貴金属や土産物などを売る店鋪が並んでいて、その外の路地では化粧品や生活雑貨、それに簡単な食べ物などを賑やかに売っていました。今日は年末年始のバーゲンの最終日なので大にぎわいなのだそうです。

路地の賑わい 化粧品を売る男

マーケットの後、チョチョルィンさんのご自宅に招待していただきました。子供達がサッカーに興じ大人達がそれを応援している路地に面した7階建てのマンションで、5階(?)から下まで垂れた紐を引くと上で呼び鈴が鳴る仕組み。朝ご挨拶した後自宅に戻っていたご主人が待っておられて、ミャンマー名物のモヒンガーやミャンマーのお菓子、スイカなどをふるまっていただきました。モヒンガーはミャンマーの代表的な麺類で、そうめんのように見えますが米の粉で作られている麺を、ナマズを煮込んで作っただし汁でいただきます。とてもおいしくてうれしかったのですが、残念だったのは昼食を食べ過ぎてお腹が一杯だったこと。点心類だけだったらちょうどよかったのですが、油断していたら最後にどかっと焼飯が出てきていたのでした。

チョチョルィンさんのご自宅で

日本からのお土産をここで渡し、楽しい時間を過ごしてから空港へ。見送ってくれたチョチョルィンさんとご主人に手を振って、いよいよお別れです。ありがとうございました。また会いましょう。