エア・マンダレーの双発機でヤンゴンからバガンへ向います。どこまでも続く茶色の沖積平野の中を、川がうねうねと蛇行しています。やがて地面にしわしわの起伏が見られるようになり、飛行機が高度を下げてきたと思ったら、左下にエーヤワディー川沿いの平地に無数の仏塔が点在している様子が見えてきました。これがバガンです。

小さな空港から、まず車でニャウンウー村のマーケットへ。まずは、この地の人々の活気ある暮らしを見ようというわけです。細い路地が入り組んだ市場には、食材、衣料品、生活用品から骨董品、土産物まで何でもあります。切り口が白っぽく女の人の腕の太さくらいの丸太を何本も売っている店もあって、これがミャンマーの化粧品、タナカです。すりおろしたペースト状の粉を頬や腕に塗るもので、美容と日よけを兼ねており、売り子の女性の顔を見るとかなりの確率でこれを頬に塗っています。無造作に刷毛ではいたような塗り方もあれば、型紙を使ってきれいに木の葉の模様に塗っているのもあります。また、別の店では棕櫚からとれる黒砂糖や、食べるお茶ラペッ・トウッも売っていました。食べるお茶はお茶の葉を発酵させたもので、揚げた豆類や油などを混ぜて食べると独特の渋みや苦味があり、なかなかにおいしいそうです。ちなみにこれを売っていたのは、チョチョルィンさんの大学での同級生でした。

さて、いよいよニャウンウーの中心寺院であるシュエズィーゴォン・パヤーへ。「シュエ」は金という意味だそうで、車からはだしで降りカメラ使用料30チャットを支払って境内に入ると、目の前に名前の通り黄金色の巨大な仏塔が目が痛いくらいにまぶしく輝いています。仏塔の正面の地面には15cmくらいの小さな穴があり、水がたたえられていて、その前にたって斜めに覗き込むと、黄金の仏塔が水面に反射して目に飛び込んできます。これは、頭に重い飾りをかぶった王様が仏塔を見上げるのがたいへんなので、下を見おろした楽な姿勢で拝むことができるようにした仕掛けだそうです。

シュエズィーゴォン・パヤーは、バガン王朝をミャンマーの統一王朝にしたアノーヤター王が11世紀に建設した仏塔で、在位中には完成せず次王チャンスィッターのときに完成をみたそうです。近くには右の写真のように不思議な親子像があり、これは仏塔の台座部分を父王が、塔の部分を子王が作ったことを表現しています。
それにしても、足の裏が熱くてたまりません。ミャンマーの人は平気なのかな?と思ったら、チョチョルィンさんも敷石の上をぴょんぴょん飛び跳ねるように歩いています。そのとき、遠くからお経を読む声が聞こえてきましたが、妙に聞き慣れたお経だなと思ったら、やはり日本人の数名の団体が仏像の前でお経を上げていました。こんなところまで読経に来るとは、たいしたものです。
続いて、ニャウンウーから南西方向、城壁に囲まれた旧市街=オールド・バガンへ向かう途中にあるティーローミィンロー寺院へ。13世紀に建てられた寺院は非常に立派で、背も高く装飾も細密です。内部には高いアーチの回廊もあって、バガン王国の建築技術の高さを物語っています。ここで、御多分に漏れず観光客向けに各種の仏画を売っている物売りに出会いましたが、このうちの一人が去年のF女史のミャンマー旅行の際にF女史が不義理を働いた相手だったことから、その埋め合わせをすることになりました。というのは、ミャンマーではその日の最初の客にものを売れないとその日は一日商売にならないというジンクスのようなものがあって、F女史は去年この地を訪れたときに冷やかしで値段を聞いたものの結局絵を買わなかったのでした。ジンクスのことをあとでガイドから聞いたF女史は、そのことを長らく負い目に思っていたので、この機会に埋め合わせに30ドル分の絵(八曜日や仏足などを布地の上にカラフルに彩色したもの)を買い上げました。

次に訪れたのが近くのケイミンガー・パヤー。12世紀の仏塔で、待機している子供たちに案内されて上のテラスに登ると、とてもよい眺めでした。また、近くには「5つのパゴダ」という小さな仏塔群があり、それぞれ色の異なる細かい壁画が残っていました。

そして午前中の最後は、バガンを代表する寺院であるアーナンダ寺院。11世紀にチャンスィッター王により建てられた寺院で、白い立方体の本堂の上に黄金の塔が聳える実に威風堂々とした寺院です。中には東西南北に高さ10m程の大きな金の仏像(巨大な木像に金箔を貼ったもの)が立っており、その表情は離れてみると微笑し、近付くと厳しいものに変化します。

ここで午前の行程を終え、タラバー門を抜けてオールド・バガンに入って、エーヤワディー川のすぐ近くにあるAye Yar Hotelに入りました。これから2泊することになる、ゴールデンシャワーの花がきれいな気持ちのよいホテルです。