ポリュックス

日程 7月 8月 写真集
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朝、ゴンドラ駅で引き合わされたガイドのフレディ・ビナーは、口ひげと穏やかな表情にジェントルな雰囲気を漂わせた40代後半の男性でした。お客はチューリヒ在住のクリストフと日本人のK氏、そして私の3人。

例によってゴンドラとロープウェイを乗り継いでクラインマッターホルンに登り、そこからブライトホルンの南面、つまりツェルマットから見ると稜線の向こう側を、フレディ〜クリストフ〜K氏〜私の順番でロープにつながれてトラバースしていきます。前後にはたくさんのパーティーが我々同様アンザイレンして歩いており、踏み跡が前方にまっすぐどこまでも続いています。このロープはもちろん、滑落防止のためではなくクレバス対策。空は真っ青に晴れ上がり、我々の顔は日焼け止めクリームで真っ白に塗りたくられています。ブライトホルンのプラトーを横断して下降に入るところでクリストフが陽気に「さぁ、ここからイタリア領だ!」と声をあげ、私も「No passport control!!」と口調を合わせました。右手にはイタリアの山がちの地形が広がっていますが、緑の谷の中には村も見ることができます。前方にはブライトホルンの頂稜が伸び、その先にもっこり頭をもたげたカストールや大きなリスカムの姿が遠く見えていますが、カストールの手前に小さくおむすびのような三角形を見せているのがポリュックスです。

1時間半の歩きでポリュックスの取り付きまで達しましたが、ここでクリストフが音を上げました。見れば顔には玉のような汗、息も荒く、明らかに体調不良です。フレディはしばらくドイツ語でクリストフとあれこれ話をしていましたが、ここから始まる岩稜を少し上がった安定した場所まで我々と一緒に移動してもらうことになったようです。ここからの岩と雪のミックス帯は少々歩きにくくアイゼンが欲しくなりましたが、フレディはアイゼン装着の指示を出さずそのまま一同を引っ張っていきます。およそ10分登って雪がおおむね消えた岩のテラスに達したところでフレディはクリストフを残置することにし、ロープを付け替えてからクリストフに「暖かい上着を来て待っているように」との指示を出しました。我々もクリストフに頑張って待っててくれと声を掛けると、「私はカミカゼクライマーじゃないので、ここでおとなしくしているよ」と応えて、我々日本人二人に「ニイタカヤマノボレ!」と声援を送ってくれました。

……クリストフ、いったいどこでそんな変な日本語を覚えたんだ?

フレディ クリストフ 鎖場

しばらくは斜度もさほどではない岩稜が続き、その後に鎖場が現れました。つるっとした一枚岩に外傾した心もとないスタンスを拾ってトラバースし、その後に岩の裂け目を大きなチョックストーンの上へ上がって、最後はホールドのしっかりした垂壁。ここを抜けると銅の聖母子像がある肩に出て、そこから頂上まできれいな雪稜が伸びています。フレディはここで初めてアイゼン装着の指示を出しました。

ポリュックス頂上

雪に覆われた細長いポリュックスの山頂は無風快晴。前後にはモンテ・ローザからブライトホルンへ連なる山々が重なるように見えており、空の青と雪の白の世界の美しさに酔いしれました。すぐ近くのカストールにも登山者が蟻のように列をなして登っており、上部はかなりの傾斜に見えますが基本的には雪壁をジグザグに登るだけのようです。これなら、ロープを結ぶ相手さえ見つかればガイドレスかつ初見で問題なく登れるでしょう。

山頂での景色を十分楽しんでから先程の肩まで下り、アイゼンをはずして小休止。ちょっと離れた雪面で立ち●便をしていたフレディが戻ってきたところを見てK氏が「私も」と立ち上がりましたが、K氏と私を結ぶロープは意外に短い。というわけで私も「それじゃ」とご一緒することにしました。ポリュックスやカストールの山頂を見上げながら「4,000mの高度での連れ●便なんて、なんか贅沢ですね」と私がワケのわからない感想を漏らすと、温厚な紳士のK氏は「あはは」と笑うだけでした。

もときた道を慎重に下ってクリストフのところに戻ります。彼の姿が見えてきたところで「大丈夫か〜?」と声を掛けると、クリストフはのど元を押さえて首を振る仕種をしてみせましたが、そんなおどけた様子を見せられるのなら大丈夫だろうと我々はかえって安心しました。再びクリストフをロープにつないで取り付きまで下ると、フレディはロープの間隔を長くとってパーティーを連結し直し、ここからクリストフの体調を考えてゆっくりゆっくり歩き始めました。ここからの2時間もの歩きにはうんざりしましたが、ようやくクラインマッターホルンに到着。4人でバーに入り、日本人二人はビール、フレディはコーヒー、クリストフはコーヒーに加えて何かスピリッツ(スイスの強い酒だ、と言っていました)を注文して乾杯しました。ビールのアルコールが身体にしみわたっていくとともに、マッターホルンには登れなかったが最後に展望のよい4,000m峰に登れてよかった、と大いに気が晴れるのを感じていました。

クラインマッターホルンへの帰還

下界でフレディ、クリストフと別れ、さらにK氏とはメールアドレスを交換した上でK氏のマッターホルン登頂成功を祈りながら別れました。ホテルに戻ってから、F女史と私の共通の友人であるミャンマーのチョチョルィンさんに絵葉書を書き、郵便局へ。日本からミャンマーへは80円で届きますが、ここからだとCHF1.80と約2倍。遠いからかな?郵便局から戻ってきって、ツェルマットの最後の夕食は昨日予約したとおりホテルのレストランで。今日もあのおいしいサラダを最初に頼み、F女史は待望のゲシュネッツェルテス、私はステーキ。ワインは(さすがにステーキにはあわないけれど)ちょっと甘めのFendant "Dame de Sion"。いずれも本当にすばらしい味、sehr gut!! 将来またツェルマットを訪れたなら、夕食は毎晩ここでとってもいいくらいです。