帰国

朝、7時にチェックアウト。今日はチャーター車でチューリヒへ移動し、その日のうちに帰国便に乗ることになっています。カルメンさんは車の中で食べるようにとサンドイッチを用意してくれていて、りんごや大きなプラムとともに袋に入れて渡してくれました。カルメンさん、ありがとう。1週間本当にお世話になりました。いつの日かまた会いましょう。

さらばマッターホルン

ホテルを出て坂道を下る途中から谷の奥に聳えるマッターホルンを見ると、相変わらず山頂部を雲に隠しながらも、今日はいつになく穏やかな表情をしているようです。マッターフィスパ川も昨日までの濁流が嘘のように水量が減っており、ずいぶんおとなしくなっていました。その川沿いに5分程下ったところで対岸に渡ったシュピースという場所で、迎えの車の運転手と合流。ここから3時間の車の旅となりました。途中、ゴッペンシュタインで車は列車の上に載り、トンネルを抜けていきます。フェリーボートならぬフェリートレインといったところです。

フェリー・トレイン?

トンネルを抜けたところは風光明媚なカンデルシュテーク。シュピーツからは高速道路になり、時速140〜160kmで快調に飛ばします。この安定した走行性能は、さすがベンツです。ベルン近郊を経由してチューリヒの空港に到着し、運転手にバウチャーとチップを渡して空港内へ。荷物を預け、土産物をあれこれ買って、LX-168便は1時間遅れの14時過ぎに離陸しました。成田到着は、日付が変わって26日の朝8時です。

帰りの機内では映画を3本やっていて、B級アクションコメディーの『National Security』は他愛なく、CIAものの『The Recruit』はアル・パチーノがさすがの貫禄で、そしてレオナルド・ディカプリオとトム・ハンクスに監督がスピルバーグの『Catch Me If You Can』は文句なしの面白さ。しかし、その後に放映されたBBCのカーペンターズ特番はカレン・カーペンター追悼という内容だったですが、しっとりしたシンガーとしてのカレンも魅力的ながら、それ以上に活き活きとドラムを叩くやんちゃな少女のようなカレンの姿には涙を誘われました。そういえば私が中学生の頃は、洋楽を聴く誰もが大なり小なりカレンに恋していたものです。これらを全部、一睡もせずに見たせいもあってか、帰国してからの一週間は時差ボケが直らず本当に苦労しました。

帰国後、ペーター及びダニエルとはメール / 写真のやりとりを行いましたが、ダニエルは7月26日に、ペーターも8月10日に再挑戦し、いずれも登頂に成功したとのこと。異口同音に「次はきみの番だよ」と言ってくれた二人の期待に応えられる日は、いつ来るのでしょうか。

解説

登山装備について

バウチャーヘルンリヒュッテから上へ持っていった装備は、次のとおりです。

登攀具 ザック、登山靴、アイゼン、ハーネス、ヘルメット、ヘッドランプ。
衣類 長袖のアンダーウェア、上衣・ズボン、薄手のグラブ1セット。
 →以上は出発時に身に着けました。
雨具上下、厚手のグラブ1セット、薄手の目出帽。
 →これらはザックの中に入れていきました。
食料 チューブ入りコンデンスミルク1本、水1リットルにアミノサプリの粉末を溶かしたもの。
その他 カメラ、メモ帳とボールペン、日焼け止め、財布。
また、光量によって色が変わる度付きサングラスを最初からつけていきました。

登山時に何を持っていくべきかはアルピンセンター発行のバウチャー(右の写真)に書かれていますが、そこにはカラビナやピッケルは書かれていなかったので最初から持って行きませんでした。小屋に残置したのは、ヘルンリヒュッテまで歩くのに使ったスニーカー、フリースの上衣、通常の眼鏡、歯ブラシと櫛です。

トレーニングについて

私のクライマーとしての力量は、「初級から中級」とガイドブックに書かれているアルパインルートをなんとかリードできる程度です。アルパインの場合、こうした難度表示は相対的なものであまり意味をなしませんが、他の記録に書かれているところからするとマッターホルンの岩はIII級以下とされているので、技術的には問題になるところは少ないと判断しました。それよりもよく見るのが、ガイドの登高スピードの速さです。この1年程の経験で私には脚力と心肺能力に問題があることがわかっていたので、3月からジョギングをはじめ、さらに6月からは完全にトレーニングとしての山登りを毎週繰り返しました。その内容は以下のとおりです。

06/07-08 富士山で脚力強化と高度馴化
06/14 広沢寺のゲレンデでビブラムソール及びアイゼンでの岩登り
06/21 丹沢・大倉尾根で脚力強化
06/28-29 富士山で脚力強化と高度馴化
07/05-06 富士山で高度馴化
07/13 広沢寺のゲレンデでビブラムソール及びアイゼンでの岩登り

これらの詳細はすべて「Heaven Site」に記録がありますが、そのうち広沢寺のトレーニングでは、山仲間のNiizawaさん及びきむひろさんにおつきあいいただきました。本当にありがとうございました。また、富士山では「息が切れない程度に、しかし休まずに登る」ことを心掛けて登りましたが、それでいくと私の場合五合目からお鉢まで3時間程度のペースになります。実際にマッターホルンで感じたガイドのスピードは、富士山を使って翻訳すると「五合目からお鉢まで3時間半のペース」といったところでした。ただ、今回ソルベイヒュッテまでも到達することができませんでしたから、実際のところその上にどんな地獄(?)が待っているのかは未知の領域です。

なお、2回目のアタックの後にヘルンリヒュッテに戻ってきたとき、下で待っていた韓国人の方といろいろと話をしました。その際、彼はなかなかうまい日本語で「私はあまり体力がありませんが、それでも18時間かければ登ってくることができると思います。それで誰か連れて行ってくれる人はいないでしょうか」と言ったのですが、これに対して居合わせた日本人ガイドK氏は「それだとガイドは連れて行ってくれないし、もし自分たちで登って遅い時刻に上の方にいるようだと、ヘリコプターが出動して強制的に下ろされて『はい、50万円下さい。』と言われるよ」と諭すように説明していました。

救助される登山者 ヘリコプター

(レスキューヘリコプター © 2003 Daniel Hirt)

もしガイドを使わず自分たちだけで登ろうとすると、体力以上にルートファインディングが問題になるだろうと思います。これをクリアするためには、ガイド登山のパーティを見つけてそれにコバンザメのようにぴったりくっついて登るのがベストということになるでしょうが、そのパーティー(のお客)が頂上まで到達する力量を持っているかどうかが問題で、どのパーティーを選ぶかは一種の賭けになってしまうかも知れません。

ガイドについて

ガイドの手配は、あらかじめアトラストレックから現地のパウダーバーン・オーバーシーズを通じて行いました。しかし、実際には自分で手配することはきわめて容易で、ツェルマットのアルピンセンターに行って「明日登りたいんだけど」と言ってもガイドがあいてさえすればOKですし、メールやFAXを使って日本から予約することもできます(予約の方法は、私がバイブルのように読み込んだ砂沢敏彦氏の記録に極めて詳細な記述がありますので、そちらをお読みになることをお勧めします)。そして、受付で料金を払うと、A4サイズの硬い紙に諸条件が書かれたバウチャーが発行されます。ここには、手配されたコース、集合時刻と場所、用意すべきものなどが書かれ、下3分の1のところに支払い済みの料金が書かれています。登攀が終了すると、この3分の1を切り離してガイドに渡す仕組みです。アルピンセンターは午前8時(日曜日は午前10時)から正午までと午後4時から7時まで開いており、お昼の真ん中は開いていません。

アルピンセンター 受付

なお、旅行全体の手配に関してはアトラストレックのK氏、パウダーバーンのIさんに、準備から本番まで、いろいろと親身になって助けていただきました。ここであらためて御礼を上げます。

ヘルンリヒュッテについて

ヘルンリヒュッテは標高3,260m。ゴンドラの終点シュヴァルツゼーから、ゆっくり歩いて2時間の距離です。ここまではちょっとシビアなハイキングといったところで、実際マッターホルンには登らない人たちも大勢訪れていました。ここから眺めるマッターホルンの東壁は圧倒的な迫力で、確かに足を伸ばす価値はありそうです。

ヘルンリ・ヒュッテ

建物は4階建てで、グラウンドフロアは入ったところが食堂、その右奥に受付と厨房があり、受付左手はガイドの詰め所のようになっています。受付の左奥に階段があり、その上に宿泊室がいくつか並んでいて、宿泊室の中は2段の蚕棚方式のベッド。その手前までは板の間です。本文にも書きましたが、出発のときには部屋に物を残してはいけないことになっていて、そのために受付の前に背の低い棚に置かれているプラスチックのかごに残置物を入れておくことになります。

食堂 受付

食事は「日本人にはとても食べられないハムカツ」が出ると知人から脅されていたのですが、実際に出てきたのは1日目がポークソテー、2日目がビーフの煮込みで、いずれもおおむねおいしくいただきました。ただ、受付で売られているPETの飲料はかなり高く、コーラ1本(1リットル?)がCHF7(≒630円)もしました。また、お手洗いは水洗で、トイレットペーパーももちろんちゃんと備え付けられています。なお、トイレに座っていると水が流れる音がしていて、これを「大雨が降っているんだ」と勘違いしそうになるので注意が必要です。

テン場はヒュッテの左下方の岩場にあり、ひと張りだけ青いテントを見かけましたが、植物がまったくない荒涼としたところで潤いは感じられません。植物がないと言えば、実はマッターホルンに取り付いてからけっこう上の方まで、登路上のところどころに小さな花が咲いていて驚きました。岩だらけの緑も土さえもないようなところに、ぽつんときれいな花が咲いていて健気です。いったいどこから種がやってきて、何を栄養に育っているのでしょうか。

ツェルマットについて

ツェルマットはヴァリス州の中心を東西に走るローヌ谷から、南のスイス・イタリア国境稜線に向けて切れ込んだ氷河谷のどん詰まりにある村です。村の規模は小さく、端から端まで歩いて30分程でしょうか。村の中には目抜き通りのバンホフ通りが走り、主要な店鋪やホテルはこの通り沿いか、その東側に立地しています。村の中は車の交通が規制され、ホテルお抱えの馬車がお客を乗せてしゃんしゃんと鈴の音とともに通り過ぎるほか、小さな電気自動車が時折走っていますが、だいたいどこへ行くにも徒歩でことが足ります。それくらい小さいところですから、初めて行った場所であるにもかかわらずたびたび知人と出くわします。Iさん、マヤ、ウィリー、Cさん。まるで夏目漱石の「坊ちゃん」の気分……。

飛行安泰主要なホテルやレストランはどこもテラスに美しい花を飾っており、晴れた日の散歩は実に楽しいものです。また建物の意匠に一定の統一感があるため、遠めに見たツェルマットはこじんまりとまとまった印象があります。旅行者は世界各国から来ていますが、中でも日本人の数の多さには驚きます。したがって各種案内やレストランのメニューには日本語がとりいれられており、至るところに右のようなポスターを見かけて苦笑しました。「飛行安泰」というのはあまり日本語のセンスにマッチしていませんが、韓国や中国からの観光客も少なくありませんでしたから、日本人向けというよりは漢字圏向けということなのかも知れません。

ところで、ツェルマットで見かける(特に年輩の)日本人は、だいたい衣服を着込み過ぎだったり、もろに日本のハイキングスタイルだったりであまりかっこよくありません。別におしゃれをしなくても清潔なシャツをこざっぱりと着る程度でたいていの場所は通用しますし、反対に登山靴を履いたままレストランに入ろうという暴挙もまた慎んでもらいたいものです。

夏のツェルマットですばらしいのは、村の中の素朴な雰囲気もさることながら、やはり周辺の山々の魅力です。実力ある登山者にとっては、マッターホルンをはじめ、ブライトホルンからリスカム、モンテ・ローザ、さらにドムなどの4000m級の山へのルートがあり、さらにアイスクライミングやロッククライミングも楽しめます。また登山鉄道やケーブルカー、ゴンドラを使って高いところへ登れば労せずしてすばらしい景観を楽しむことができますし、そこからツェルマットへ下るハイキングコースもよく整備されています。

ハイキングマップ

村の中にはピンからキリまでの各種ホテルのほか、週単位で借りられる貸部屋があちこちにあります。したがって、もしマッターホルンやその他の高峰を目的にツェルマットに行くのであれば、家族連れでツェルマットを訪れ、貸部屋を借り、食事はミグロなどで買って自炊しながら、自分は滞在日の一部をクライミングにあて、その間残る家族はハイキング、といったパターンも楽しそうです。

言語について

ツェルマットはドイツ語圏に属しており、各種表示は皆ドイツ語で書かれていますが、主要な施設の利用はすべて英語で大丈夫です。私のツェルマット滞在中に言葉で困ったことと言えば、ミグロで果物を買ったときにレジのおばちゃんにドイツ語でまくしたてられたとき(袋に入れ、あらかじめ重さを計って計算される値札を貼らなければならなかったようです)と、イタリア語・フランス語しかできないマウロと組まされたときくらいでした。しかし、もちろん簡単なドイツ語の挨拶はできるに越したことはありませんし、できれば天気予報を読むのに困らない程度のドイツ語の単語は知っておいた方がよいでしょう。今日(heute)、明日(morgen)くらいは私にもわかりましたが、すっかり忘れていたのは午前(vormittag)、午後(auchmittag)、それに各曜日です。ガイドブックにはたいてい主要なドイツ単語が書かれていますが、テレビを見ながらいちいち参照するわけにもいきませんので、各曜日の頭文字は頭に入れておかなければなりません。

山道で行き交う人と挨拶するときは、英語で「Hellow!」でもかまいませんし、朝だったら「Morgen!」でもOKです。また、よく聞いたのは「Grüezi!」で、これは学校では習わなかった挨拶なので、新鮮でした。少し軽めの「こんにちは!」といったところなのでしょう。ちょっと面白いと思ったのは、ドイツ語を中心に使う人々でも、ありがとうというときは「merci.」を、また親しい者同士でバイバイというときは「ciao!」を使うことが多いことです。「Danke schön.」や「Auf Wiedersehen.」ももちろん使いますが、ちょっと重たい感じがするのでしょうか。

そんなわけで、今の私の望みは、遠からぬ日にツェルマットを訪れて、「Grüezi!」「Merci!」「Ciao!」と独仏伊語をちゃんぽんに使いつつ、再びヘルンリヒュッテへの道を歩くことなのです。