12年前の1989年、仕事で訪れたケニアでのオフにアンボセリ国立公園からキリマンジャロを眺め、いつか登りたいものと漠然とした憧れを抱いたことがあります。その後、国内の山々を歩き続けている間も、キリマンジャロ登山のことは心のどこかに残っていました。やがて百名山を登り終えて国内の縦走登山に一区切りがついた時点で、そろそろ海外の山も視野に入れようということから最初に登ったのはボルネオのキナバル山。これが非常に楽しい山旅になったことから、いよいよキリマンジャロが現実のターゲットとして浮上することになりましたが、次の冬(1999-2000)は例のY2K対策で会社で正月を迎え、その翌年はバンコクに赴任している山仲間F女史とともにチェンマイへ遊びに行ってしまいました。そんな具合で迎えた2001年の年末は、曜日の並びもよくて長期の山行にうってつけ。そこで夏頃から本気で情報収集にとりかかりました。最初は某A社のツアーを考えていましたが、旅行日程の関係から第2候補だったアトラストレックのツアーに申し込むことにしました。
ところが、10月に入って突如飛び込んで来たのが、9月11日に勃発した米国同時多発テロと、これを契機として実施されたアフガニスタン攻撃による観光旅行延期勧告でした。アフガニスタン近隣諸国とともにキリマンジャロ登山のベースとなるケニアとタンザニアも観光旅行延期勧告が出されており、このためアトラストレックでは11月末までの出発分の募集を中止したとのこと。当然、アフガニスタン情勢の緊張が長引けば観光旅行延期勧告も継続するわけで、先行きに予断を許さなくなってきました。このとき、外務省からは10月8日付けで以下の発令がなされていました。
- アフガニスタン国境100km地域:危険度5「退避勧告」
- イラク(全域):危険度5「退避勧告」
- アラブ首長国連邦、イラン、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、シリア、トルコ、バーレーン、ヨルダン、レバノン、エジプト、ケニア、スーダン、タンザニア、チュニジア、ナイジェリア、モーリタニア、ウズベキスタン、フィリピン:危険度2「観光旅行延期勧告」
ちなみに『退避勧告』とは「当該国(地域)への渡航は、どのような目的であれ延期するよう勧めとともに、現地に滞在している全ての邦人に対して当該国(地域)から、安全な国(地域)への退避(日本への帰国も含む)を勧めるもの」、『観光旅行延期勧告』とは「当該国(地域)への観光等を目的とする不急の渡航の延期を勧めるもの。また、現地に滞在している邦人に対しては『観光旅行延期勧告』が発出されたことを知らせると共に、状況に応じた注意を払うよう勧めるもの。場合によっては、旅行者の出国を勧めることもある」というものです。
アフガン情勢がそう簡単に片付くはずもなく、キリマンジャロ登山は諦めるしかないか?とやきもきしていたら、2週間程してアトラストレックから「『主催旅行』から『企画手配旅行』に変更するがどうか?」というレターが届きました。つまり、アトラストレックが一般に公募する旅行ではなく、客の意思による旅行の企画・手配をアトラストレックが代行するというもので、何が違うかと言えば約款上は荷物に関する損害時の賠償限度額が違う程度なのですが、要するに「会社としては主催旅行は中止したが、顧客が自由意思で旅行を希望しているのでそのお手伝いはいたします」という建前を作るという点がポイントなのでしょう。その後、アトラストレックの担当の方と電話で話をして参加の意向を伝え、11月10日には最少催行人員数を超えたのでツアーは実施される旨のレターも届いて、ようやくアフリカ行きが本決まりとなったのでした。なお、当初はF女史も参加する予定でしたが、翌春の帰国に向けてどうやら仕事が忙しいということから今回は見合わせることになりました。残念ではありましたが、後から考えると、これはよいことだったかも知れません(理由は後述)。

キリマンジャロは東アフリカのタンザニアにあり、何本ものルートが開かれていてそれぞれに登られていますが、北隣のケニアから陸路で登山口のマラングに入って、そこからガイド付きで歩くスタイルが最もメジャーのようです。私が参加したツアーも、シンガポールとドバイを経由してナイロビに着き、そこから現地のツアー会社が用意した車でマラングに入って、1日1,000mずつ高度を上げて4日目に山頂へアタックする旅程となっています。なお、キリマンジャロの頂上部にはごつごつしたマウェンジ峰(5,150m)と緩やかな姿のキボ峰とが並んでおり、登山の対象となるのは火口壁上のギルマンズ・ポイント(5,682m)及びそこから火口壁上を回り込んだ最高点ウフル・ピーク(5,895m)を擁するキボ峰です。ちなみに「マウェンジ」とは狩人、「キボ」とは象のことであり、総称としての「キリマ・ンジャロ」とは「輝く・丘」を意味します。その名の通り万年雪を戴くアフリカ大陸最高峰の山頂を目指した旅は、下記の行程となりました。