A氏やTさんらに「さぁ、ウフルへ行きましょう!」と声を掛けます。A氏たちは疲れている様子ではありますが、まだまだ大丈夫。そしてここで一番意欲を見せてくれたのは、意外にもずっと調子が悪そうだったKさんでした。しかしジョワキムは「もうすぐブライソンが上がってくるから、少し待ってくれ」と我々を制止。見ればブライソンが、遅れたM氏をサポートしながら下からゆっくり上がってきます。M氏は山頂手前の段差のある道に難渋している様子でしたが、最後は我々が腕をとって引き上げるようにしてギルマンズ・ポイントに登りきりました。登りの途中で別れてからかなりの時間がたっていましたが、その間ブライソンがついているとはいえ一人で本当によくがんばったと、こちらも感動しました。座り込んでいるM氏にこの先へ進むかどうか聞いてみると「少し休憩すれば大丈夫だと思う」との回答なのでその旨をブライソンに伝えましたが、ブライソンは首を横に振って「彼は既にバランスを保つことができなくなっているし、ここからウフルまでは行き2時間、戻り1時間かかる。とても無理だ」と言います。残念ですが彼の言うとおりなのでしょう。M氏に「10分休んだら、ブライソンの指示に従って行動して下さい」とお願いして、残るメンバーでウフルへ向かいました。道は最初のうち火口壁の内側をトラバースするようにつけられていますが、しかし数歩歩いたところで最後尾のB氏が嘔吐して座り込んでしまい、ギブアップの身ぶりを示しました。結局ここからウフルを目指したのは、A氏、H氏、若いK氏、Tさん、Kさん、そして私の6人に、ガイドのジョワキムとデブリンです。

火口壁内側の日陰の道はところどころ雪の上を歩くようになっていますが、よく踏まれていて滑落の恐れはあまりありません。とはいえ高度のせいで心も身体も正常な状態ではないので、細心の注意が必要です。日の当たる稜線上に出るとずいぶん気温も上がって楽になりましたが、ウフル・ピークは思いのほかに遠く、なかなか近付きません。道の左手に南極の氷山のように崖を見せている万年雪を眺めながら、自分の呼吸をしっかり数えつつ隊列を作ってゆっくり歩いていましたが、やがてTさんが遅れがちになってきました。デブリンが付いてくれていますが、他のメンバーのペースに合わせることができず、とうとう座り込んでしまいました。こちらもTさんの前にしゃがんで目の高さを合わせ、「この高度だと休んでいてもダメージが蓄積するから、休憩は短く」という趣旨のことを説明して先に立つと、やがてTさんは立ち上がってまた歩き出しました。あと3分の1というところで再び座り込んだTさんに自分のストックを1本貸して、ゆっくりでも歩き続けるよう伝えましたが、しばらくすると今度はKさんが道端で嘔吐してしまいました。ジョワキムが背中をさすってくれていますが、我々男性陣も自分が嘔吐感や頭痛と戦うのに精一杯でKさんを気づかうゆとりがありません。かろうじてA氏が自分のザックから水を出してくれて、ジョワキムの手からKさんに手渡しました。私も頭の痛さ・重さは昨夜の鎮痛剤のせいかさしたることはないものの、ピークをあと二つ越したらウフルだろうというあたりから後は胃がせりだしてくる感覚を押さえつけなければならない状態になっていました。

やがて前方に山頂標識とその周囲にたむろする登山者の姿が見られるようになって、道もほとんど起伏がなくなり、そのままなだらかなキリマンジャロ山頂稜線上の最高点のウフル・ピークに到着しました。時計を見ると8時25分で、ギルマンズ・ポイントからここまで1時間45分かかったことになります。けっこうな人数の登山者があたりで休んだり写真を撮ったりしていて、我々も一人ずつ山頂標識の前で記念撮影をしました。気持ちは悪くても気分は最高。前方にはメルー山がぼんやりと見えており、左手には下からも見えていた万年雪がずいぶん近くにあります。下界はうっすらと霞んで見えていますが、見た目の高度感はあまり感じられません。しかし、間違いなくここは、私がこれまで到達した中で最も高いピークなのです。
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近くに座っていたジョワキムと目が合うと、彼は親指を上に突き上げて祝福してくれました。A氏も若いK氏もかなり苦しそうな顔をしており、Kさんも一刻も早く下りたいという様子でしたが、向こうからTさんがデブリンとともに近付いてくるのが見えたので、彼女が山頂に到達するのを待つことにしました。ようやくウフル・ピークに辿り着いたTさんと握手して、標識の前で証拠写真を撮り、いよいよ下山開始。下りは強いというTさんはすたすたと元来た道を戻り、A氏、H氏、若いK氏、Kさんも腰を上げて下り始めました。行く手には火口壁の向こうにギルマンズ・ポイントが見え、その向こうにマウェンジ峰が上部を覗かせています。

成層圏にそのまま続くような青空の下、火口壁の上を戻っていきます。ここからは空気は濃くなる一方とはいえ、ギルマンズ・ポイントまではあまり高度は下がりません。やがて先行するTさんとも、後ろを行くA氏たちともはぐれて一人で火口壁の内側のトラバースを歩くようになりましたが、ふと気付くと心臓が早鐘のように打って胸苦しくなっています。すぐに岩にもたれて深く速い呼吸を繰り返すと、徐々に動悸は治まります。この後、こうした動悸を2〜3回感じ、そのたびに立ち止まって呼吸を速めることを繰り返しました。9時半、やっと誰もいないギルマンズ・ポイントに到着。Tさんは先に下り、残りのメンバーとガイドはまだここに到着していないようです。皆を待つ間に水を飲み、身につけていたゴアテックスの上衣とズボンを脱いでデイパックにしまいました。ここからは砂礫の斜面をさっさと下るだけ。空気もどんどん濃くなって来るし、どうやら危険地帯は逃れられたようです。安堵感がようやく胸に広がりました。

しかしキリマンジャロは、そんなに甘くはありませんでした。
| 06:05-06:40 | ギルマンズ・ポイント | 5,682m |
| 08:25-08:50 | ウフル・ピーク | 5,895m |
| 09:30-10:00 | ギルマンズ・ポイント | 5,682m |