新宿発7時のスーパーあずさで甲府駅に下りたところでヤマダくんと合流。バスで広河原に入り、すぐに吊り橋を渡って大樺沢沿いの道を登り始めます。ゴアテックスの3-4人用テントと大きめのカムが重く、背中の荷物は22kgに達していたため、足回りはいつものアプローチシューズではなく革の軽登山靴です。そのまま汗をかきかき歩いて二俣に達し、山頂を覆うどんよりしたガスの下から雪渓の端がここまで伸びているのを横目に見ながら、水平道へ。

白根御池の最も二俣寄りの場所に空きスペースを見つけ、ここにザックを下ろしました。正面には池の向こうに鳳凰三山から早川尾根にかけての稜線が見渡せるグッドなロケーションで、隣のテントに気兼ねする必要のない独立した地所です。テントを張り終えてから、一段ときれいになっている白根御池小屋でテント代の支払いとビールの調達。翌日からの登攀の成功を祈りながら乾杯しました。この日、食料担当のヤマダくんが用意してくれた夕食は、たっぷりのソーセージ入りのパスタでした。おいしくいただき、ビールやウイスキーを楽しんでから、暗くなる前にシュラフカバーにもぐりこみました。
午前2時半起床。昨夜もそれとなく確認したことですが、白根御池に泊まっているテントの中でクライミングを目的とするものは意外に少ない様子。現に我々が暗い道を二俣から大樺沢沿いに登っているときも、我々の前にちらつくヘッドランプの数は数えるほどしかなく、バットレス沢の前後で5人の団体とガイドパーティーらしき男女二人組に接触しただけ。バットレス沢の大岩の下でちょっと休憩してからC沢右岸の明瞭な道を詰めて、お花畑の尾根をdガリー大滝下に着いたときには、男女二人が第五尾根支稜経由でピラミッドフェース、5人組が二手に分かれて第五尾根支稜とdガリー大滝、そして我々という順番となりました。

男女パーティーはさっさと上部へと抜けて行きましたが、5人組の方にアクシデント発生。dガリー大滝組のリードが出だしで落ちた際に手を深く切ったらしく、怪我をした本人は自分を置いて登攀を続けてほしいと言っていたのですが、残る4人も潔く登攀を諦めて負傷した仲間と共に下降することになってしまいます。このため、決して早出とは言えない時刻に出た我々が、この日二番手で下部岩壁に取り付くことになりました。当然我々も、一番易しい第五尾根支稜を採用。
〔第五尾根支稜〕
1P目(20m/II)。私がロープを伸ばしましたが、途中にランナーをとれるわけでもなく、ロープを引っ張りながら慎重にランペを左上し、カンテを回り込んでフェースの支点でビレイ。
2P目(25m/III)。ヤマダくんのリードで易しいフェース〜カンテを登ってもらいましたが、途中の中途半端なところでピッチを切ったために、私がもう少し伸ばすことに。
3P目(15m/II)。引き続きカンテ状をロープを引っ張ると、すぐに傾斜がなくなってdガリー大滝右岸の小広場に出ます。
dガリー大滝の上にはdガリーが続いており、その左岸スラブの右端におおまかな凹角があって、思うにどうやらここが下部フランケの最初のピッチ。見れば先行の男女パーティーはそのはるか右上、男性がオールリードでピラミッドフェースの中段あたりを登っているところ。アプローチでは女性の方が「登りがきつい」と音を上げかけていたのにあのスピードは、よほどガイドの各種手際がいいのに違いありません。そんな風に感心しつつ、ロープを適当に丸めてコンテでdガリーを横断し、下部フランケの取付に達しました。ここには残置支点が見当たらず、一歩上がったところの岩の隙間にロープを差し込んで自前の支点を構築してビレイ。
〔下部フランケ〕
4P目(50m/IV)。ヤマダくんのリード。トポではV-とグレーディングされていましたが、傾斜のさしてない易しいフェース登りから緩傾斜の草付に抜けるこのピッチに、リードのヤマダくんもフォローの私もIV級しか感じられませんでした。ただし、ヤマダくんは40m登ったところにあるビレイ点を無視してロープいっぱい伸ばしたために、中途半端な場所から私をビレイするための支点構築にかえって時間がかかってしまいました。
普通に立って歩ける緩傾斜の草付からは、横断バンドがbガリーの方まで伸びています。その左上のフェースが、第四尾根の側壁=フランケです。下部フランケは、立ったフェースにピトンでいくつかのラインが引かれており、そのうち一番左のラインは大きく弧を描きながら右上するラインで、残置スリングまでぶら下がっていて明瞭。その下までは通常はII級15mとされていますが、上記のとおり1ピッチ目を伸ばし過ぎたので、ビレイもへったくれもなく歩いて移動。
5P目(40m/A1)。ヤマダくんのリード。このピッチは下部フランケの核心部で、フリーで登れば5.10aと言われています。幸い岩は乾いているしヤマダくんは5.12クライマーだし、とリードをお願いしましたが、取り付いてみたヤマダくんは出だしで苦戦。「手がないの?」「足がない感じです」といったやり取りの末、ヤマダくんはクイックドローを駆使したA0で抜けていきました。たぶん、フリーで登るときはもっと壁の真ん中のラインを直上するのでしょう。後続の私は、トポ通りにアブミを取り出してA1で右上フェースを抜け、いったんバンドに上がってから、チョックストーンに出口を塞がれる狭い凹角から左のフェースへ、ヤマダくんが残してくれたランナー用のカムでのA0と残置スリングのA1を交えて人工バリバリで抜けました。
6P目(45m/IV+,A0)。私のリード。最初の下向き三角のチムニーを、下の角に右足を突っ込み、左壁に左足のフットホールドを求めながらずり上がります。右壁にはそれこそ人工登攀ができそうなくらいピトンがベタ打ちされているので安心ですが、いったんテラスに出てから次のチムニー(トポでは通常テラスでピッチを分けています)に突っ込む頃には爪先が痛くなってしまい、つい誘惑に負けて残置ピトンの頭を踏んでしまいました。この二つ目のチムニーは出口を岩で押さえられ、そこで左のフェースに出て行かなければなりませんが、そこが若干難しくIV+となっています。さらにフェースの途中から左寄りに上がるところもちょっとしたバランスが必要でしたがどうにかこなし、残置されているリングボルト3本でビレイ点を作ってヤマダくんを迎えました。

ここで私が大失敗!本当はこの後、フェースを左上して行くと20mでdガリーへつながるバンドに出られたようなのですが、トポにある「チムニー〜カンテ」という記述を誤解し、右上に見えている尾根の線上に出るのだと思い込んでしまいました。しかしトポが言う「カンテ」とは先ほどチムニーから左へ乗り越したフェースの末端部のことだったらしく、逆に私が見上げた右手の尾根筋はピラミッドフェースの最終ピッチであった模様。したがって……。
7P目(40m/IV+,A0)。ヤマダくんのリード。私の指示に従って右上して尾根筋に上がり、そのまま登っていきます。ずいぶんロープが伸びた後にコールがかかり後続しましたが、一部つるつるのフェースを残置スリングでA0しながら登ると、ロープはやがて右上に向かい、その先にヤマダくんが項垂れて待っていました。「やってしまいました……」というヤマダくんの言葉に頭上を見やると、そこには見慣れた三角形のピーク、つまりピラミッドフェースの頭がにやにやと我々を見下ろしていました。ということは、ここは第四尾根の途中です。しかし、右上せよと指示を出したのは私。ヤマダくんのせいではありません……。
一度は元来た方向に戻ることを模索しましたが、足元が若干脆くて不安定だったためdガリー方面への復帰は断念し、仕方なくそのまま第四尾根を登ることにしました。北岳バットレスが初めてのヤマダくんにとってはこれもまた初トレースだし、渋滞で有名な第四尾根がどうしたわけかがら空きなので、スピードアップすれば中央稜までつなげることができるかも知れません。
〔第四尾根〕
8P目(60m/III〜II)。私が先に立って、白い岩のフェースから核心の垂壁下までコンテ。
9P目(35m/IV+)。せっかくなので、ヤマダくんに核心部とされる3mの垂壁をリードで越えてもらいました。V級とするトポもありますが、今回後続してみたところではIV級+が妥当な線という感じがしました。そのままナイフエッジ突端の懸垂下降支点まで。前方には中央稜が時折ガスに巻かれながらもよく見えており、我々を誘っているようです。ここからdガリー側に10mの懸垂下降。こうしてあらためて見ると、Dガリー奥壁の赤いつるつるのフェースはとても登れるとは思えないのですが……。
10P目(60m/IV)。引き続いてヤマダくんのリード。枯木テラスまでスラブ〜リッジを登りますが、ロープが足りず途中でヤマダくんにセルフビレイをとってもらって私が20mほど前進し、あらためてヤマダくんに枯木テラスへ先行してもらいました。
この時点で12時半、中央稜は十分狙える時刻です。ヤマダくんと協議の結果、中央稜ノーマルルートに継続することにし、枯木テラス奥の一段低いところにある懸垂下降支点から、50mロープを二本つないでいっぺんにcガリーの底まで下降。歩きにくい砕石を踏みしめて中央稜の直下まで進みます。
〔中央稜ノーマルルート〕
以前、Niizawaさんと登ったときは左手から壁にとりついたためにロープが屈曲し、エラい目にありました。そこでヤマダくんが持ってきたトポを頼りにさらに奥へ進んでみると、ビレイ点はないものの壁の出だしに残置スリングとピトンがあり、こちらからなら直線的にロープを伸ばせそうです。反対側の壁にもかろうじてピトンがひとつ打たれてあり、ここにセルフビレイをとってヤマダくんを送り出しました。
11P目(20m/IV+,A0)。ヤマダくんのリード。出だしの2mほどの垂壁の上にあるホールドはガバですが、左にずり上がってピトンにクリップし、さらに左上するところはちょっと苦しい態勢。さらにフェースを豊富なホールドに導かれながら左上していきますが、頭を押さえつけられるバンドの苦しさは前と変わらず、ここはスピード優先でクイックドローをつかみながら登ります。ヤマダくんにはバンドの奥、リンネの一番下でピッチを切ってもらいました。
12P目(40m/III+)。私のリード。リンネを直上してから、第2ハング下までトラバース。易しいフリーで岩もしっかりしており、ほとんどランナーをとらずどんどんロープを伸ばしたため、後続したヤマダくんがランナウトぶりに驚いていました。
13P目(40m/IV+)。ハング越えの核心ピッチ、ヤマダくんのリード。前回私が越えたのと同じ庇を、ヤマダくんも楽々越えていきました。続いて私もとりつきましたが、前回使ったちょっと細かいホールド(右上のピトンのちょっと左)の左奥に、両手でつかめるガバホールドを発見。これならもっと楽ちんです。この頃、第四尾根を登ってきた他のパーティーからも我々の姿が見えていて、後日写真を送っていただきました。

14P目(45m/III+)。私のリード。中央バンドのビレイ点からあえて出だしかぶり気味の壁を直上し、あとは易しいリッジ。
15P目(40m/II)。前のピッチで調子に乗ってロープを伸ばし過ぎ、ピナクルにスリングをかけてのビレイとなったため、引き続き私のリード。この最終ピッチは非常に脆く、落石に気を使います。おまけに出口の白く枯れたハイマツが完全に浮いていて、ちょっと触っただけでもがらがらと石を落としながらずり落ちかけました。肝を冷やしながら右から回り込んで終了点に達し、ヤマダくんを迎えます。
終了点でシューズを履き替え、わずかの登りで北岳山頂。先ほど第四尾根にいるのを見かけたクライマー3人が声を掛けてくれて、お互いに記念撮影をしました。恥ずかしいミスでDガリー奥壁には行けなかったものの、これはこれで充実した継続ができたので、とりあえずよしとしましょう。山頂でギアを片付けた後は、肩の小屋から草すべりルート経由で帰幕。肩の小屋あたりからの眺めはいかにも南アルプスらしいおおらかなものでしたし、ちょうど西からの夕日と東側のガスがブロッケンを作っているのにも遭遇しました。

テントに荷を置いてから小屋へ天気予報を見に行くと、ラッキーなことに明日も好天に恵まれそうです。事前の予報では土曜日は雨模様で、そのために北岳入りを見送った登山者・クライマーも多かったと思いますが、よい方向に裏切られた訳です。その晩は、小屋で調達したビールと、ヤマダくんの手になる豚角煮入りカレー。これまたおいしくいただきながら、翌日dガリーを詰めてDガリー奥壁にリトライすることを申し合わせました。
(→「北岳バットレスDガリー奥壁」へ続く)