4時に起床し、身支度を調えて出合を出発。雪は消えて普通に沢筋が出ています。右岸の巻き道を進み、いったん沢筋に下りたちょっと先から雪渓が沢を覆うようになったので、そこで雪の上を歩き始めました。そのままテールリッジに行けるかと思いましたが、秋のルートになっている右岸リッジあたりに大きなクレバスが口を開けています。左岸のコンタクトラインを行けそうでもありましたが、大事をとってそのままリッジを上がり、雪がない時期と同様にテールリッジの対岸からフィックスロープにつかまって下降しました。

テールリッジの末端を一段上がったところで軽登山靴からフラットソールに履き替え、軽登山靴はデポしました。何度目かのテールリッジはよく乾いて不安なく登れ、衝立岩正面壁の絵になる姿を惚れ惚れと見上げながら30分強で中央稜の取付。ここで最後の準備を済ませると、烏帽子沢奥壁のトラバース道に入りました。以前中央カンテを目指したときは凹状岩壁の先行パーティーによる度重なる落石に阻まれ撤退しましたが、今日はどうやら先行の姿も見えず、人為落石は避けられそうです。

きれいなスリングがかかった中央カンテ取付でロープを結び、吉例により私が奇数ピッチを受け持つことにしてスタート(以下、グレードは自分が感じたもの)。
1P目(40m/III+)。顕著なバンドをトラバースしていって、ちょっと態勢が苦しくなるあたりでうんうん言っていると、ビレイしている現場監督さんがバンドの下を歩いてきた後続パーティーの誰かに「○○くん?久しぶり!どこ登るの?変チ?」などと話しかけています。おいおいマジメにビレイしてくれよ、と少々むっとしながらトラバースを終えてフェースの左上にかかったのですが、ここも難しくはないもののランナウトして微妙によくありません。セカンドの現場監督さんを迎えたところで、話しかけていた相手が懐かしいさかぼうさんであることを知らされました。
2P目(45m/III+)。凹状壁を横断してカンテに取り付くピッチですが、岩が濡れていて微妙に嫌らしい。ここで、我々が一番手だと思っていたのに、実は前に二人組が登っていたことが判明しました。それでも、このルートは比較的空いています。南稜などはひどいもので、1P目途中のチムニーを自力で登れず他人にお尻を押し上げてもらっている人を、南稜テラスから10人くらいがなかば呆れながら見上げている様子がこちらから見てとれました。
3P目(40m/IV)。出だしの左上バンドがびしょ濡れで嫌な思いをしましたが、カンテ上に出ると乾いた堅い岩となり、きわめて快適です。朝のうち上空を覆っていた雲が時折切れて青空が覗くようになり、気温も上がってきました。しかし、調子に乗ってぐいぐい登っていくうちにやや左に寄り過ぎてしまったため、軌道修正の右トラバースでちょっと冷や汗をかきました。

4P目(30m/III)。引き続きカンテ上のピッチですが、ロープの流れが悪くなってしまったので短めに切りました。ここでしばし待機し、後続のスピーディーなガイドパーティーに先行してもらいます。
5P目(15m/III-)。通常の4P目の残り。
6P目(40m/IV)。正面の凹角から顕著なチムニーを抜けるピッチ。チムニーは立っているが岩は堅くしっかりしているので、楽しく登れます(ランナーさえ信用できれば……)。
7P目(30m/III)。フェースを左上し、折り返して右上。折り返してからの20mはランナウトするので、易しくても気は抜けません。登り着いたレッジから下を見ると、さかぼうパーティーがずいぶん下の方に見えます。ずいぶんのんびりだなぁと思いましたが、後で聞くと「……いろいろありまして」。
8P目(15m/V)。先行パーティーが2組抜けるのを待ってからトライ。ピナクル下のテラスから一段上がり、薄くかぶった垂壁を越えてバンドを右へ。実はここがルート中の核心のひとつで、現場監督さんは中央カンテもこの下で合流する変形チムニーも登ったことがあるので、このピッチは私に譲ってくれることになっていたのですが、次のコーナークラック(だけ)が核心だと思い込んでいた私は現場監督さんにこの垂壁のリードをお願いしてしまい、後から考えるともったいないことをしてしまいました。もちろん現場監督さんは何の不安もなく抜けていき、続いて私も取り付きましたが、確かにここはちょっと難しい。上のホールドをとって、足を右に出して態勢を作り、そこからデッドに次のホールドをとって強引に身体を引き上げるということを2回繰り返した後、右の崩れそうに見える岩を避けながら足を上げて終了。頭上には、右からハングが覆いかぶさるコーナークラックがすぐそこにあります。

9P目(10m/IV,A0)。下からみると寝ているように見えるコーナークラック左の壁も、実際に取り付いてみるとやはり立っています。ジャミングで身体を固定してランナーをとってから、しばし逡巡の後に細かいホールドに左足を上げ、左手を壁のへりにとって立ちこんでいきましたが、右壁への右足のスメアが今ひとつ決まりません。うーん、これは困った。後から現場監督さんに聞いたところでは右壁の上に手を思い切って伸ばせばしっかりしたホールドが得られるのだそうですが、このときは手順を組み立てることができず、遂にパンプに負けて残置スリングをつかんでしまいました。残念……。

10P目(30m/IV)。四畳半テラスの名残を見てから、浅い凹角を左上。難しくはないのですが、ここもやはりランナウトします。
11P目(40m/IV)。踏み跡に沿って草付を左上。立ったチムニー状がワンポイント難しい。ロープの残りが乏しかったのでバンド上に出たところでピッチを切りましたが、フェースを左上したところにあるしっかりした支点まで、ぎりぎり届いたかもしれません。
12P目(30m/III)。フェースを左上し、折り返すように右の烏帽子岩基部へ。岩は堅く、高度感も抜群です。

13P目(30m/III+)。烏帽子岩の左下の湿ったルンゼに下り、対岸に渡って草付へ。岩は滑りやすく残置ピンも信用できないので、案外に神経を使います。
そのまま草付をコンテでほんのわずか登ると、南稜終了点から上に数ピッチ上がった地点に到達。ガイドパーティーの姿はすでになく、その前にいた男女二人組が懸垂下降に入ろうとしているところでした。我々もザックを下ろし、まずは握手。そのまま安定した位置で行動食を口に入れました。
中央カンテは烏帽子奥壁のど真ん中を登っていく明るいルートで、岩も概ね堅く、各ピッチにポイントがある楽しいルートでした。ただ、やはり核心のピッチで満足のいく登り方ができなかったのは残念。幸い(?)この核心部は変形チムニールートと共有なので、いずれ変チを登る機会を得たときに、あらためてチャレンジすることにしましょう。
懸垂下降は長くかかりました。上述の終了点から2回下ったところが南稜の終了点。そこから右手へ踏み跡を辿ると6ルンゼで、狭くじめじめと湿ったルンゼの中を、空中懸垂も交えつつ短めに3回に分けて下ってしっかりしたテラス。ここから大岩を右から左へ回り込むように草付帯へと下ったのですが、実はそれではロープが引っかかりやすく、最初から大岩の左へ下るべき。我々の動かなくなったロープは、幸い後続パーティーが「こっちからだと引っかかるんだよ!」と教えてくれながらさばいてくれたので回収することができました。

あとは南稜下部を2ピッチ下って、ようやく南稜テラスに到着。烏帽子スラブのトラバースの途中で後続してきたさかぼうパーティーと合流したりしながら、中央稜取付からテールリッジを爪先の痛みに耐えつつ下りました。そして、テールリッジ末端でデポしてあった軽登山靴に履き替え、軽アイゼンを装着して雪渓上を下降。くだんのクレバスのところは左岸の岩を登って巻き越し、無事に一ノ倉沢出合に帰り着くことができました。

駐車場のゲートのところにスコープを立てて座っているおっちゃんがいて、戻り着いた我々に話しかけてきました。このおっちゃん、えらい話し好き、かつ自分では登らないらしいのにルートに詳しく、その上、岩にとりついているクライマー達を日がな一日スコープで観察していたようで、「ダイレクトカンテの一人が3メートルくらい落ちたのを見た」とか「ほら、コップ広場を歩いているのが見える」とか言いながらなかなか我々を解放してくれず、少々辟易。
しかしそうした話の中に、今日中央稜を登っていたパーティーの一人が凹状岩壁側に下りて(墜ちて?)しまったとの情報もありました。我々がテールリッジ末端に下り着いたときにヘリコプターが盛んに飛んでいたので事故が起きたのかな?とは思っていましたが、後でわかったところではやはり一人墜落死したのだそうで、報道によればピトンを打っているときにバランスを崩して30m転落したとのこと。確かに中央稜からピトンを打つ音がキンコンと響いていたのを私も聞いていましたが、その人が事故の主かどうかは不明です。ともあれ、亡くなった方の御冥福を祈ります。
(→「谷川岳幽ノ沢V字状岩壁右ルート」へ続く)