ときどき参加している「風貴銘酒会」で、昨年11月にご一緒した和服シスターズが太棹三味線を習っているという話題になった流れで、彼女たちの先生も出演するという「女流義太夫の新たな世界」を観に行くことにしました。場所は、初見参の紀尾井ホール。四谷駅から徒歩数分という便利な場所にあるこのホール、1階の室内楽用ホールでは「ショパン生誕200年記念年オープニング・コンサート in Japan」でポーランド関係者など国際色豊かなお客さんがたむろしていましたが、5階のその名の通りこじんまりとした小ホールは、思い切り和風。

女流義太夫は250年くらいの長い歴史を持っているそうですが、ほとんどが素浄瑠璃として演じられるもの。しかし、ここ紀尾井ホールでは二年前から人形付きでの女義公演を上演しているのだとか。そして今回人形を遣わはるのは、吉田文雀、吉田和生、吉田玉女といった錚々たるメンバーです。
妹背山婦女庭訓
「道行恋苧環」。緞帳が上がると舞台正面奥に緋毛氈の台があって、太夫と三味線が四人ずつ。若葉色の明るい裃が目にまぶしい感じ。上手には春日大社の鳥居が立っています。出だしの太夫四人での斉唱(?)を聞いたときは、タイミングはばらばらだし低音は出ないし声量は足りないしでがっくりきたのですが、詞の部分で各人のソロになると、おっ、聞かせるじゃないですか。それに三味線は見事な演奏、そして人形は何しろ和生さんと玉女さん。舟底前の手摺が低くちょっと違和感がありはしますが、喜怒哀楽のはっきりした里娘のお三輪、そのお三輪に打ちかかられてきゃあと袖で顔をかばう巫女姿の橘姫、この二人に両側から袖を引っ張られて往生するモテ男の求馬という三角関係を短時間ですが楽しく聴き、見ました(ただし、この後ストーリーは悲劇へと転じてゆくことになります……)。
休憩時間の間に、私の後ろに座った母娘の会話。
娘「次の太夫は『駒之助』っていうことは、男なの?」
母「女だよ。それ(女流義太夫)を聴きにきてるんじゃないの」
私「(絶句)」
壺坂観音霊験記
「沢市内より山の段」。こちらは上手に床が出て本格的文楽の世界。人間国宝竹本駒之助に三味線の鶴澤津賀寿が組んで、「と〜ざ〜い」の黒衣さんの声も心なしか気合が入っている様子です。座頭の沢市の家では、妻のお里が針仕事中。吉田文雀師のお里は、針を選び、糸を切り、針穴に糸を通すひとつひとつの仕種に血が通っています。上手の障子が開くと、そこには和生さんが遣う沢市が三味線を構えていて、床の三味線と完全にシンクロ。和生さんはもちろんですが、左遣いさんも実にいい仕事しています。お里の不義を疑う沢市とお里のやりとり、そして有名な三つ違いの兄さんと
のお里のクドキは語りも三味線も見事ですが、どちらかというと沢市の詰問と、その後真実を聞かされての泣きながらの詫びの方が聴きごたえあり。
場面が変わって壺坂寺の近く、萌黄幕が引かれると断崖を持つ高台が上手寄りにあり、背景は黒幕。お里と一緒に壺坂寺に開眼祈願のためにやってきた沢市は、お里にこれ以上苦労をかけまいとする心を隠してお里に先に帰るよう告げますが、ここもしみじみとした語り、絶妙の三味線。そしていよいよ沢市が身を投げる場面では語りも最高潮に達し、ここで沢市の人形が手を合わせたかと思うと、和生さんの手を離れて合掌したまま宙に飛びました(!)。胸騒ぎがして壺坂寺へ戻ってきたお里は、谷底に夫の死骸を見つけて驚愕。髪を振り乱しどうせう/\どうせうぞいな
と絞り出すよう。聴いているこちらも泣けてきます。そして文雀師のお里もまた、沢市のあとを追って谷底へ……。人形が人形遣いの手を離れて宙を飛ぶというのは、今回初めて見ました。
背後の黒幕が開いて、暗い谷底の情景。ここに観世音が現れて、日ごろの信心とお里の貞節のゆえに寿命を延ばし与える旨を告げます。生き返ったお里と沢市。喜び合う二人ですが、ふと気付いた沢市はお里に向かってところでアノ、お前はマアどなたじゃえ
。ずっこけたお里がお前の女房だと言うと沢市はヤ、コレハシタリ初めてお目にかかります
とまるでチャリ場。最後は観世音の功徳を讃えながら手拍子足拍子も賑やかに二人で踊って、めでたく幕となりました。
女流義太夫というのは今回初めて聴いたのですが、さすが故越路大夫師の唯一の女弟子だった竹本駒之助、違和感がないどころか、いつの間にかぐいぐい引き込まれてしまいました。また、和服シスターズのお師匠さんでもある鶴澤津賀寿も、音も姿も凛として美しく、見事としか言いようがありません。ひょんなきっかけからいいものを聴くことができて、ラッキーでした。