4月は「義経千本桜」を観に大阪まで足を運びましたが、11月は「芦屋道満大内鑑」と「心中天網島」のためにまたしても大阪へ。どちらかと言えば後者の方にポイントがあって、先月の歌舞伎座で「河庄」を観たのと同じく、YouTubeでの越路大夫さんの映像で聴いた「北新地河庄の段」に惹かれてのことです。

芦屋道満大内鑑
平安時代の陰陽師として有名な安倍晴明(後の土御門家に連なる系譜)が父保名と信太の森の白狐との間に生まれたという伝説をもとに竹田出雲が脚色した全五段の時代物です。「大内の段」は、上手御簾内からの義太夫節に乗って、舞台上に静止している桜木親王・左大将元方・小野好古がその名を呼ばれるごとに動き出すという、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の大序のような演出です(文楽では忠臣蔵はまだ観てないし……)。月が白虹に貫かれ光を失うという異変について東宮が二人に意見を求め、小野好古の提言をもとに今は亡き天文博士・加茂保憲の娘の榊の前を呼び出すと、榊の前は父の弟子である芦屋道満と安倍保名のいずれかに金烏玉兎集という秘書(一説には唐に渡った阿部仲麻呂から吉備真備を経て来朝したという占いの書)を渡せば解決につながるであろうと言上します。この言をよしとした桜木親王の命により、元方の執権・岩倉治部と好古の執権・左近太郎を立ち会いとして籤により神慮を問うこととなりますが、このあたりの人間関係を整理するとこういう構図です。
〔悪〕左大将元方―岩倉治部―芦屋道満
〔善〕小野好古―左近太郎―安倍保名
そして、悪人と思われていた芦屋道満が意外にも実は……という三段目が題名の由来にもなっているのですが、この段は早くから上演されなくなったそうで、したがってこの日も芦屋道満は一切登場しません。かたや元方と好古は東宮の前ですからまだ表立って対立した風には見せませんが、二人の執権は出てきたところから互いをにらみ合ってガチンコ。不穏な様子で「加茂館の段」へ。床に上るトップバッターは咲甫大夫さん、そしてこの段で憎々しげな存在感を示す加茂の後室を遣うのは玉女さん。首は「八汐」、なるほど。
加茂の後室、つまりは加茂保憲の未亡人ですが、榊の前とはなさぬ仲、しかも岩倉治部の妹で、一方の榊の前は安倍保名と深い仲ですから、ここでも対立の構図が持ち込まれているわけです。兄の岩倉治部がやってきて、なんとか籤によらずに金烏玉兎集を道満の手に渡すことはできないかと持ち掛けると、先刻承知の後室はすでに秘書を盗み出していたのでさすがの岩倉治部もびっくり!幸先いいぞと二人が奥に入ったところに榊の前が登場して恋仲の保名を待っていると、保名の供の与勘平が放った鷹が羽根をぱたぱたとさせて飛んできて、腰元が持ってきていた鳥籠をつかみます。この与勘平、亨保十九年(1734年)の竹本座初演の際に初めて三人遣いが編み出された役なのだとか。とはいえここは主人の逢瀬の邪魔をすまいと与勘平はさっさと引き揚げ、榊の前が保名にしなだれかかると腰元三人はキャーといった仕種。榊の前としては保名に秘書が渡るようにしたいわけで、そのために父の素袍烏帽子を保名に着せて祈りをあげようとするのですが、そこへ左近太郎がやってきたために、あわてた保名が別室に隠れたところで千歳大夫さんにバトンタッチします。
下手御簾内からの厳粛な囃子に乗って左近太郎、さらに腹黒の岩倉治部、後室、そして企みを知らない榊の前。すぐにも籤を引こうという左近太郎に対し、先に秘書を取り出し神前に供えてはと提案する岩倉治部。秘書を納める部屋の扉は後室が開け、その中の箱は榊の前が開くのですが年を寄つたる浦島が明けて悔しき箱とも知らず
蓋をとってみれば当然中は空っぽ。そのときまで知らんぷりをしていた岩倉治部がフフンという顔になって後室を責めるフリをし、後室は榊の前をさんざんなぶって打擲。こういうときの千歳大夫さんは顔つきも変わって本当に憎たらしく、これが地じゃないのか?と思えるくらい迫真の継子苛めになります。さらに隠れていた保名も引き出されて、左近太郎にこれはいったいどういうことだと詰め寄られ、保名は申し訳ないと見上げてから力なく平伏。この情けなさ加減は、和生さんが見事に遣ってみせました。さらに後室からの責め苦を受けた保名が切腹しようとしたところ、榊の前はその刀をもぎとって自分の喉に突き立て、苦しい息で保名に別れを告げて絶命してしまいます。これを見た保名、しばらくは榊の前に縋っていましたが、急に声がひっくり返って笑い出すとこりや目出度いどうも云へぬ面白い
と物狂い。これにはぞっとした岩倉治部が秘書を懐にそそくさと退散し、一方左近太郎は介抱に努めますが、保名は榊の前の赤い裲襠を広げて頬をすり寄せ、ついで肩に掛けると後室をぶっ飛ばして下手へ下がります。ところがこのとき、榊の前しか持っていなかったはずの秘書の箱の鍵が後室の懐から落ちたために左近太郎は一味の企みを悟り、詰問。後室はあわてて自分の懐をまさぐりますが後の祭で、その場へ戻ってきた与勘平に注連縄で縛り首にされて、ぴくぴく……がくり。悪事の報いとはいえ、かなり残酷!子供にはちょっと見せられません。
休憩が間に入って次は「保名物狂の段」ですが、休憩終了時の「携帯電話をお持ちのお客様は、マナーモードに設定の上、電源をお切り下さい」という場内アナウンスには「?」。
「保名物狂の段」の口は、また御簾内から。舞台上は菜の花と桜の木、上から桜、遠景は遥かの山際まで一面の菜の花畑。葛の葉姫一行が神詣に出たついでに幕の内で桜を愛でようとするところで、三味線・寛治さんに津駒大夫さんがそれぞれツレを伴って床の上。恋よ恋、我中空になすな恋
。下手からの囃子とともに、紫の長袴に病鉢巻(当然これも紫)の保名がふらふらと登場して、扇を取り落としたり蝶を追ったり。清元舞踊の「保名」はここを取り出して榊の前の死を嘆く保名を描いた20分余りの名曲ですが、こちら文楽の保名も鼓に乗って優美に舞を舞ったかと思えば、榊の枝に小袖を掛けて与勘平と狂い踊ったり。この様子を見ていた葛の葉姫、実は榊の前の妹でそっくりなので保名が抱き付こうとするところを押し隔てられ、与勘平が事情を説明している間は手元の小袖に見入って心ここにあらず。ところが哀れに思った葛の葉姫が優しく語りかけると保名は心を静め、正気を取り戻します。で、確かに正気の保名と物狂いの保名ははっきり様子が違うのですが、正気に戻った後では和生さんがどこをどう遣い分けていたのかがわかりません。うーん、さすがというか何というか。さて、葛の葉姫も姉が亡くなったことを聞いてショックながら、委細はあれなる幕の内で語ろうという保名がこの上は妹御を榊と思ひ神かけて
と視線を送ると、まんざらでもない葛の葉姫も岩木ならねば葛の葉もほころびやすき幕の内
と二人とも立ち直りが早すぎて、なんだか榊の前が浮かばれない気もします。しかしそこへ狐狩りの貝鐘が鳴り、白狐が駆け寄ってきて助けを求める風情。狐を遣うのは人間国宝・吉田文雀その人です。これを追って来た石川悪右衛門は葛の葉姫に懸想しているので狐のかわりにサア葛の葉おぢや
と連れて行こうとしますが、与勘平に投げ飛ばされていったんは退散。そして与勘平が葛の葉姫を屋敷へ送り届けている間に手下を連れて戻ってきて、一人残っていた保名を割竹でさんざんに打ち据えてしまいます。すると保名はモウこの上は名字の穢れ
とまたしても自害しようとします(アホか!)が、そのとき太鼓がどろどろと鳴って、保名の様子を覗き込んでいた狐が背後の社の後ろへ引っ込んだかと思うと、反対側から葛の葉になって現れました。短慮な保名を早まり給ふな保名殿
とたしなめると保名も気を取り直し、二人して榊の枝を引き合うように連れ立って、保名の生国阿倍野をさしてその場を立ち去ります。
いよいよ「葛の葉子別れの段」。先日天皇皇后両陛下もご覧になった、一番の見どころ聴きどころです。まずは英大夫さん。
六年後、阿倍野の保名の留守宅に「隣柿木」の機織り歌、童子(後の安倍晴明)をあやしに葛の葉が機屋を出てきたところへ木綿買の男が織りだめがあれば売らないかと声をかけてきますが、葛の葉が今日は入れ替わり立ち代わり三人も木綿買がきて合点がいかぬとこぼすと男はギクリとした風情です。男が去り、葛の葉も機屋へ戻ったところへ今度は老人夫婦と娘。これこそ信田庄司夫婦と本物の葛の葉で、保名が留守の様子に窓から中を窺ってそこに葛の葉がいるのにびっくり仰天……といったところで嶋大夫さんにスイッチです。あいかわらず、調子が合っているのかはずれているのか摩訶不思議な出だし。帰ってきた保名に庄司が娘を連れてきたというと保名はからかわれているのかとも思いながら無断で葛の葉を伴った不行跡を詫びるのですが、その言葉に父と娘はひそひそ談合して、保名に機屋の中を覗くように言います。もちろんそこにも葛の葉がいて、これには保名も(あくまで上品に)驚きますが、この時点で嶋大夫さんはすでに前傾姿勢!ともあれ保名は一行を物置に隠し、うんと頷き印を結んでから宅内に入って狐葛の葉を呼ぶと、葛の葉は夫を迎えていつより今日のお帰りはおそかりし。お肌寒にはなかりしか
。この最後のか
の一音だけに高くアクセントをつけるところが、なるほど狐です。そこで保名は何くわぬ顔で、思いがけず庄司夫婦と行き逢い、日暮れにはこちらへ来るだろうから着替えるようにと言います。この言葉にしたがって奥に引っ込もうとする葛の葉の裾を後ろからめくって尻尾がないかと覗き上げ、妻に肩越しに振り返られて慌てる保名は意外にお茶目ですが、妻の落ち着いた様子に不思議がりながら別室に忍びます。やがて衣服を改めて出てきた葛の葉は先ほどまでとは様子が変わり、眠ったままの子を抱き上げ天を仰いで目を閉じ、ついで子に目を戻すと語り聞かすように独白。われは誠は人間ならず
と絞り出すように言うと、ヒュ〜ドロドロという音とともに再び花咲く蘭菊の千年近き 狐ぞや
という刹那に文雀さんが女房葛の葉の人形を真下へ投げ落とした次の瞬間、文雀さんの手には狐葛の葉!女房と同じ「娘」の首で「義経千本桜」の狐忠信みたいな白い毛縫の姿です。そして命を助けてくれた保名の自害を止めるために葛の葉の姿を借り、そのまま恩愛に引かされて子をもうけるまでになったものの、本物の葛の葉や庄司夫婦が現れたとあっては別れねばならぬと告げながら、哀切極まりない仕種。名残おしやいとほしや、放れがたなや、こち寄れ
とわっと泣きながら子の顔にキスの嵐を降らせるのが狐の深い愛情表現で、これには隣の席の関西ネイティヴな女性客も思わずハンカチをとりだしていましたが、保名や庄司夫妻らが駆け出てきて取りすがったときには葛の葉は本当の狐の姿になっており、名残惜しげに下手へ消えていきました。残されたのは母を求める童子と、障子に『恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信田の森のうらみ葛の葉』の一首。「信田の森の」だけが左右逆に(つまり裏から見たように)書かれているのは、「葛の葉」が風に吹かれて見せる白い葉裏の印象から「裏見=恨み」に掛るからでしょうか。ともあれ、嘆き哀しむ一同の前に現れたのは石川悪右衛門の家来たち、すなわち木綿買に変装して様子をうかがっていた三人ですが、保名は葛の葉がほしくばこの保名を首にして連れて行け
と突如男らしくなって機屋からあれやこれや投げつける(本当に物がぶんぶん飛んできます)と片肌脱いで大立ち回り、三人を退けて見得となります。
最後は「蘭菊の乱れ」。蘭菊という言葉は耳慣れませんが、「白氏文集」凶宅詩に梟鳴松桂枝、狐藏蘭菊叢
とあり、そこから謡曲「殺生石」ではそのまま梟松桂の枝に鳴きつれ狐蘭菊の花に隠れ住む
、「忠度」ではアレンジして心の花か蘭菊の、狐川より引き返し
などと引かれている狐にゆかりの表現です。この日のこの段は狐葛の葉がひとり夜の道を信田の森へ帰っていく道行の部分で、舞台上は夜霧の中を山際まで一面の白菊、手摺の紋様も白菊。ここに哀れをとどめしは、安倍の童子が母上なり
から七五調を基本とする詞章が続き、浅葱幕が落ちて現れた狐葛の葉は黒い笠をかぶって顔は狐。それがくるりと回ってこちらに向き直ったときには「娘」の顔になっていました。遠くの犬の声や鳴子の音に耳を塞いで怯えたり、残してきた幼子を思って目を閉じ天を仰いだりと、美しくも痛々しい限り。やがて暗さを増して背後に蝋燭が灯る中、笠を飛ばしぶっかえりで狐火模様を見せ髪を振り乱した狐葛の葉は妖しく宙を行き、最後に狐の見得ととともに全点灯して幕となりました。

夜の部の座席は、こんな位置。頭上右側から太夫の声が降ってくる場所です。そして演目は、近松の世話浄瑠璃の最高傑作との誉れも高い「心中天の網島」。享保五年(1720年)十月に実際に起きた心中事件を、その二ヶ月後に近松が浄瑠璃にまとめて竹本座で初演されたもの。
心中天の網島
妓が情の底深き、これかや恋の大海を、かえもほされぬ蜆川、思ひ思ひの思ひ歌
と文字久大夫さんのリズミカル&メロディアスな詞章に乗って北新地の華やいだ情景が描かれ、その様子とは裏腹に俯き顔で沈んだ様子の小春が蓑助さんに遣われて下手からやってくると、その向こう、二重の下手から現れた仲間の女郎に声をかけられ、江戸家太兵衛の身請け話、馴染みの紙屋治兵衛とは文のやりとりすらできなくなったことを嘆くところへ噂の太兵衛。あわてて河内屋へ駆け込み主の花車に表へいやな毛虫客が来るわいな
と告げるそばから太兵衛が入ってきて、嫌みなダミ声と首の動きで金に物を言わせ小春に手を出そうとします。ところが花車から今日は小春に侍客がついていると聞かされて一度はびっくり、しかしそれでは沽券にかかわると思ったか侍も町人も客は客ぢやわい
と開き直って、能天気な高い声の善六(五貫屋善六という名前が謡曲「昭君」の呼韓邪単于を連想させるのですが、気のせい?)と掛け合い、歌舞伎「河庄」で見たとおりに箒の三味線に乗って治兵衛に対する悪口雑言。小春は肩を震わせながら耐えていましたが、そこへやってきた侍客はいきなり太兵衛の胸ぐらをねじ上げて外へ突き出してしまいます。この侍客、すなわち玉女さんの粉屋孫右衛門こそ実は治兵衛の兄ですが、そうとは知らない小春は俯いたまま笑顔も見せず、花車のとりなしにも、いつ死んだら仏になるかとか死に方は喉を切る方が痛いだろうかとかあんまりな挨拶で侍客を辟易とさせます。ともあれ酒にしようと連れ立って奥に消えたところで、いよいよ住大夫さん登場。上記の至近距離でド迫力、こうして間近で見ると住大夫さんのお顔は、本当に怖いです。相方はもちろん野澤錦糸さん。
天満に年経る千早振る
、今夜こそ心中の機会だと河庄にやってきた治兵衛は魂抜けてとぼとぼうかうか
ですが、歌舞伎の山城屋はここの花道の出が重要ポイントなのに対して、勘十郎さんの治兵衛はすらりと出てきた印象。格子の奥の小春が痩せた様子に身も焦がれんばかりになりながらも、見つけられてはならじと隠れて聞くと、内では侍客が例の台詞宵からのそぶり詞の端に気をつくれば、花車が話の紙治とやらと心中する心と見た。イヤサ違ふまじ
。はい、ここです。冒頭に書いた越路大夫さんの指導によれば心中する心と見た
はズバっと言わなあきまへんのやそうで、続くイヤサ違ふまじ
も小春を押さえつける感じ。何となれば、孫右衛門は事情を先刻承知だからですが、しかし住大夫さんの語りは、このへんは比較的淡々と。ともあれ心底残らず打明けやれ
と言われて小春は侍客を見上げて想いを語り始めますが、紙治様と死ぬる約束
のところでは俯き加減に顔をそむけ、ついで煙草を吸い付けて客に渡しながら続ける言葉は死なずに済むやうに、どうぞお前を頼みます
という意外な言葉。これには外で聞いていた治兵衛びっくり、思ひがけなき男気木から落ちたる如くにて気もせき狂ひ
って、それはそうでしょう。人形もわなわなと震えています。でもってエ丶さてはみな嘘か。二年といふもの化かされた。根性腐りしアノど狐
。越路大夫さんは「さ、さてはみ、みな嘘か」でしたが、この日の住大夫さんは「ど、ど狐」。やはりご自分なりの工夫を重ねられたのでしょう。ちなみにこの格子窓から覗く治兵衛の位置ですが、文楽は正面客席側からなのに対し、歌舞伎座では下手側の横から見る形でした。歌舞伎座では舞台が広くて正面からだと後で脇差を差し込む向きがまるでそっぽを向いてしまうし、その後の太兵衛との絡みには回り舞台の機構が使えるからでしょう。ともあれ、半狂乱の治兵衛は内の二人の様子にもう怒りまくり、吃りまくり、堪えられぬ堪忍ならぬ
とヒートアップして脇差しを障子越しに突き入れますが、もちろんこれは空を切り、侍客に格子に括りつけられた上に、そこに通りがかった太兵衛と善六にさんざんなぶられますが、太兵衛はまたしても侍客に蹴散らされてしまいます。この侍客、歌舞伎の「河庄」ではコミカルな味付けがされていましたが、こちらではそうした様子はないものの、やはり言葉遣いの端々に地が町人というところが出ているようです。そして頭巾をとって正体を見せた兄の孫右衛門に治兵衛は面目なや
と泣きいるくせに、そこへ小春が走り出てくると横を張って足を上げる狼藉。これには孫右衛門人をたらすは遊女の習ひ。小春を蹴る脛で狼狽へたそのおのれが根性をなぜ蹴らぬ
とたしなめます。この言葉を聞きながら、治兵衛は倒れ伏して肩で息、かたや小春は顔をそむけて放心する得意のポーズ。さすがの孫右衛門もだんだん激高してきて、小春も身を震わせ袖を噛み、ついに治兵衛は座り直して兄に改心を誓うと小春に向かいヤイ狸め狐め屋尻切め。貧乏神の親玉め。思ひ切つたという証拠これ見よ
と小春からもらい続けた起請をとりだして打ち付けます。そして兄に自分が差し出した起請を取り返して火にくべてくれと頼むのですが、火にくべて下さりませ
という言葉が急に口調が落ち、人形も顔をそむけるのはやはり未練ゆえでしょう。しかし思い切つたか
という兄の問いにハ、ハイ
とためらったものの、微塵も心は残らぬな
とダメ押しをされた治兵衛は気圧されるようにハイ
と思い切ってみせます。ところが、孫右衛門が小春から無理にとった守袋から取り出した文は治兵衛の女房のおさんからの文。スリヤこな様この状の客へ義理立てて
といっぺんに事情を察した孫右衛門は、どこの客からの文が見せてくれとひょこひょこ近づいた治兵衛の手をはたいて遠ざけると、小春に向かって言葉にならない感謝を伝えます。この孫右衛門の台詞が聞かせるところで、をかしいやら不憫なやらあんまりで涙が零れる
とこみあげ、人形も住大夫さんも一体化して目を閉じ天を仰ぐ様子に見ているこちらも思い切り感情移入。そんな背景があるとは知らない治兵衛は未練ながらに帰ろうとするものの、どうしても感情を抑えきれず小春を足蹴にしてわっと泣き出してしまいます。これには小春も堪えかねていっそ心を明かそうとするのですが、そこを孫右衛門にこの状の客へ義理が立つまい
と制せられて泣き別れ。未練を抱える治兵衛、その治兵衛を制して引き揚げさせる孫右衛門、柱に寄りかかって放心し、泣きながら見送る小春。すさまじい感情のぶつかり合い(しかし語るのは住大夫さんひとり)の切場でした。
続いて「天満紙屋内の段」は、松香大夫さんから。治兵衛は炬燵の中でうたたね中、女房おさんはてきぱきとした動きで子供二人が外から戻らないことに気を揉んでいますが、子守りの三五郎が娘のお末をほったらかして帰ってきたことにキレておのれまあ大事の子を怪我でもあつたらぶち殺す
とかなり物騒。幸い下女の玉がお末を連れ帰ってことなきを得ましたが、そのお玉から孫右衛門とおさんの母がやってくることが告げられて治兵衛はあわてて起き上がり、算盤を使うフリをします。二人がやってきた用向きは、小春が天満の大尽に請け出されるという噂に治兵衛を疑ってのものだったのですが、治兵衛はそれは太兵衛であろうと弁明し誓紙まで書いたので、安堵して帰っていきます。
ここからまた切場で、本来は綱大夫さんが語るはずだったのですが、今月も体調不良につき休演。津駒大夫さんが代打に立ちました。さて、孫右衛門たちを見送って戻ってきたおさんが炬燵の布団をめくってみれば、治兵衛は枕に伝ふ涙の滝、身を浮くばかり泣きゐたる
。ここからおさんのクドキとなって、堰を切ったようにおさんの恨み節が続きます。しっかりものの女房と思われたおさんが袖で目元を押さえてのクドキに対し、治兵衛は炬燵布団に顔を伏せて耐えるばかりでしたがやがて、太兵衛が治兵衛は金に詰つてなんどと、大坂中を触れ回り問屋中の交際にも面をまぶられ生恥かく
のが悔しいのだと、半分言い訳半分本音。ところがその話の中で、かねて小春はもし金ぜきで親方から遣るならば物の見事に死んでみしよ
と言っていたというのを聞いておさんは小春が死ぬつもりでいることを悟ります。まさか、という治兵衛におさんは一部始終を打ち明けるのですが、二人の手を切らせしはこのさんがからくり
というところでは「えっ?」と怪訝そうな様子、そして小春からおさんへ身にも命にも代へぬ大事の殿なれど引かれぬ義理合思ひ切る
と返事があったというところで「えっ!」とびっくり。このへんの勘十郎さんの遣い分けは、もう自在です。小春を請け出すために治兵衛に金を持たせなければならないおさんは、箪笥を開いて中から次々と衣類を風呂敷へ移し替え、私や子供は何着いでも男は世間が大事。請出して小春も助け、太兵衛とやらに一部立てて見せて下さんせ
。しかし請け出した後お前はどうなるのだ?という治兵衛の問いに、おさんはハテ何とせう子供の乳母か、飯炊きか、隠居なりともしませう
とわっと絞り出すように泣いてしまうのですから、浮かばれない話です。
だいたい、19歳の小娘に入れあげて女房子供を捨てて心中するという大店の主人(とはいっても28歳)の振舞いに正当化の余地はないように思わざるを得ませんが、実は近松の頃の大坂の商人階級の価値観の中に、治兵衛を心中へと追い込む要素があったようです。もともと信用大事の商人道、元をただせば店を傾けてまでの廓通いがすでに道にはずれており、だから兄の孫右衛門が諌めにかかったのですが、同時に義理や体面を重んじる風土が強く、請け出す金も工面できなかった上に小春を死なせたとなれば仲間内の恥、それはイコール商売が立ちいかなくなることを意味してもいたとのこと。以上、劇場で配られていた「近松が描いた上方」からの受け売りでした。
ともあれ、小春を救おうと治兵衛が店を出ようとしたところへやってきたのが、おさんの父の五左衛門。その場の様子に怒り心頭でおさんを実家へ連れ戻そうとします。それはすなわち、嫁入りの際に持参した着物類も引き揚げることを意味しますが、衣類は治兵衛が小春を請け出すために風呂敷に包んだところ。すさまじい押し問答の末におさんは五左衛門に引っ立てられてしまい、治兵衛はおさんと共に、小春を救う手だても失います。
そこから「大和屋の段」へはダイナミックなセット転換でほとんどシームレスにつながり、夜の大和屋に小春を迎えにきた下女と駕篭。夜の情景らしく、主遣いも出遣いではなく黒衣姿です。小春が大和屋に泊まりと聞いて帰った後、大和屋から出てきた治兵衛は何食わぬ顔ですが、この時点で小春とは心中の段取りを決めてあります。帰るふりをして忍び足で大和屋へ戻ったところへ、兄の孫右衛門が治兵衛の子を連れてやってきたのでびっくり。あわてて物陰に隠れますが、孫右衛門は弟が小春と心中するつもりではないかと探しにきたのでした。小春が一人で大和屋にいることに安堵はしたものの、おろおろしながら弟を探して去っていく兄の姿に治兵衛が手を合わすところへ、小春が二階から降りてきた気配。なぜかなかなか開かない潜り戸を必死の形相で引き開ける治兵衛の焦燥感と力感が見事で、ついに抜け出てきた小春とひしと抱き合うと、狼狽の態ながらに落ちて行きます。
そして大詰めは「道行名残りの橋づくし」。暗い舞台に青白い月の光が当てられ、下手から出てきた治兵衛のほっかむりと小春の頭巾の純白が美しく輝きます。二人が歩みを進めるに連れてセットが二度、情趣をまったく損なわずに転換し、最後は上手に堰、下手にすすき、遠景は寺の築地塀。二人が死顔並べて小春と紙屋治兵衛の心中と沙汰あらば
治兵衛を殺してくれるなと願ったおさんに申し訳がないと泣く小春ですが、うしろから響く大長寺の鐘の声にはっとして、最期は今ぞ
と抱き合うと治兵衛は一瞬ためらった後、脇差を小春の喉へぐさり。苦悶の様子で死んでいった小春を見届けて、治兵衛も堰に赤布をかけ、首を吊ってしばらく震えていましたが、やがて力が抜けて二人共に見果てぬ夢と消え果てたり
。

一日文楽漬けとなって、充実してはいましたが、さすがにぐったり。昼夜とも重厚なこうした演目が並ぶと、筋を追うのが精一杯でじっくり浸るのが難しいですね。予習不足・経験不足というのもあるので、次の機会に同じ演目を見れば、たぶん落ち着いて見どころ聴きどころに精力を集中できるだろうとは思います。