今年最後の観劇は、国立劇場で菊五郎丈の「遠山桜天保日記」=ご存知遠山の金さん。TVシリーズの元は歌舞伎や講談の「遠山政談」物で、これも明治26年に明治座の開場記念狂言として初演され好評を博したもののいつしか上演されなくなったのを、菊五郎丈が脚本に手を入れて半世紀ぶりに復活させたものです。原作ではお白州での「桜吹雪」はなかったそうですが、それなくしては今のお客にはウケないというわけで、今回の復活狂言ではしっかり片肌脱いで桜吹雪を見せつけるキメがありました。やっぱり金さんは、こうでなくては!

序幕は、芝居小屋の楽屋。江戸の話らしくいきなりがやがやと笛方と鳴物師の喧嘩の場面から始まります。そこへ仲裁に入るのが遠山金四郎。まずは器量と気風の良い金四郎が庶民に慕われているところを見せ、さらに町奉行に着任することになった次第を手際よく見せます。
続く「隅田川三囲堤」からがストーリーの本筋。まずは怪優・亀蔵丈の番頭清六が女にだらしないところを見せておいて、尾花屋若旦那とおわかの心中へと進みます。ここでの菊之助丈は、いかにも若旦那という上品な立居振舞いですが、後で悪党に変身するだけに、上方のつっころばしとは違ってどこかに芯のようなものが感じられます。さらに松緑丈の佐島天学と、先ほどとは打って変わって悪の風格を見せる菊五郎丈の生田角太夫のやりとり。このあたり、説明が行き届きながらもテンポよく芝居が進んで、見飽きることがありません。ここで角太夫が天学に短筒強盗の罪を着せたことが、後の命取りにつながります。
「成田山内護摩木山」は、場内が真っ暗になって、やがて上手高い位置のチョボ床がぼうっと薄明るく照らされて太夫の語り。すると今度は下手に若き日の祐天上人の姿が浮かび上がって経を読み始めますが、どうしても経文を覚えられず口惜しがります。今度は舞台中央に不動明王がせり上がり、祐天上人に利剣を飲めと告げるので、祐天上人は不動明王の前に座り、剣を飲み込まされて悶絶。そこへ浅黄幕が垂れて、幕の向こうでごそごそやっていたと思ったら、幕が落ちるとそこは杉林の中。不動明王は、成田山の山中で野宿していた小三郎の夢だったというわけです。ややあって牢を抜け出し菰をかぶって逃走中の天学、さらに角太夫まで都合よく現れて、ここで三人は盗みの仲間となりますが、天学は角太夫が自分を牢に送り込んだ張本人と知って、含むところがある様子。そのことは、どれ、算段に出かけようか
との角太夫の言葉に応じて三人が立ち上がったときの、天学の立ち位置・向きといった微妙な距離感に如実に示されていました。この後、またまた都合よく左團次丈の政五郎とおわかとが行き合わせて、だんまり。
休憩をはさんで「花川戸須之崎政五郎内」では、まずは菊之助丈による小吉こと小三郎の悪党ぶりが見どころとなります。菊之助丈が演じるこうした強請では弁天小僧がすぐに思い出されるところですが、どちらももとを正せば大店の跡取り息子ながら、弁天小僧の方はあくまで伝法な気風の良さが身上なのに対して、こちらは自分の転落振りを自虐的に逆手にとったような複雑な味を出していました。黙阿弥風の七五調の台詞も気分よく決まりますが、ただ、この日は風邪をひいていたのか、鼻声が耳についたのが少々残念でした。政五郎に諭されて悪党になりきれない自分を見いだした小吉と入れ替わりに花道に登場したのが、よろよろと杖を突いたユーモラスな按摩電庵。白塗りの按摩というのは初めて見ましたが、なんだかすごい顔です。政五郎の求めに応じて内に入り、タイ式マッサージでございます
と言って広げた赤地の布の中央には鯛のマーク。下座音楽も東南アジア風になって怪しい踊り、さらにプロレス技まがいのマッサージを施されて左團次丈はいたたたと悲鳴を上げていましたが、あれは本当に苦しいのかも知れません。そこへやってきた時蔵丈のおもとはおわかの母ですから、時蔵丈は親娘二役を演じているわけですが、なるほどこちらは零落した武士の元妻という雰囲気。実はおもとは角太夫の女房で、苦しい生活になったのは元はと言えば身持ちの悪い角太夫が浪人に落ちぶれたから。したがって按摩電庵こと角太夫はおもとの顔を見て周章狼狽。おもとと顔をあわせたくないために、四苦八苦して後ろずさる姿がまた笑えます。
「山の宿尾花屋」は、まずは暗くなった店先から。正体を表わした角太夫と天学がなぜか三味線とハイハットで奏されるピンクパンサーのテーマに乗って侵入を試みますが、板塀の羽目板一枚をはずしただけでは松緑丈のお腹がつっかえ、天学がじたばたもがいているうちに「何やってるんだよ!」という顔の角太夫の後ろの戸が開いて菊五郎丈がひっくり返ります。何はともあれ、店に忍び込むことに成功。舞台が回って蔵の前となり、吉原へ通うために蔵の金に手をつけていた番頭清六を脅して蔵の鍵を出させると、そこに屋根の上から声を掛けた小吉も合流して三人で金を強奪。これは、新潟へ行く路用の金というわけです。
店先でおもとに声を掛けられた角太夫を残して「大川橋六地蔵河岸」へやってきた天学と小吉。ここで天学は小吉に角太夫を裏切り御用金をせしめる話を持ち掛けますが、断られると松緑丈の声色が一変。力のある声で小吉を圧倒しますが、そこへ素早く装いを改めた菊五郎丈が侠客姿で登場し、天学を追い払います。
ところ変わって「新潟行形亭」。商用でやってきた奥州屋善兵衛とその番頭八右衛門、実は角太夫と天学。ここでの二人はいかにも善良な商人という風情で芸妓舞妓が踊る新潟おけさの輪に加わったのですが、捕方に囲まれたとたんに元の盗賊の姿に戻り、暗転。やがてうっすらと照明が戻るとそこは浜で、目深に笠をかぶった大勢の男たちが下座音楽に乗って妖しく踊りながら花道を進み、舞台の上に居並びます。そこへおろおろと駆け込んできた角太夫でしたが、いつの間にか笠の男たちに囲まれており、その緊迫感が最高潮に達したところで笠が取り払われ、男たちは捕方へと早替わり。浜辺らしく櫓や網までも使った大立ち回りで捕方を追い払い、ほっと安心したときに波の音が高まり、後ろから天学が角太夫を銛で刺します。御用金の隠し場所を記した絵図面を奪い、復讐も果たしてその場を立ち去ろうとした天学でしたが、花道の七三で向こうからやってきた捕方とばったり。この瞬間の松緑丈の目が、ハッとした驚きと負けぬ!という強い意志、そして幾分かの絶望が入り交じった、いい目をしていました。この後にも再び立ち回りがありついに天学は捕縛されますが、この間天学は一言も発せず、このことも天学の悪の大きさを示しています。
最後はお約束の「北町奉行所白洲」。冒頭に記したとおり、原作ではずいぶん趣きが違ったようですが、今回はTVの遠山の金さん像にかなり近づけてあります。まずは与力による取り調べの途中で、天学の短筒強盗嫌疑は冤罪であったことがわかり、天学は鼻高々。次に御用金強奪容疑及び角太夫殺害容疑に移り、小吉こと小三郎が呼び出されて、白州の上手と下手で菊之助丈・松緑丈のガンの飛ばし合いとなりますが、どうやら松緑丈……じゃなくて天学の方が一枚上手の様子。そこへ追加証人としておわかが呼び入れられると、心中仲間の小三郎とおわかは手に手をとって再会を喜び二人の世界へ。「あー、もう!」という顔の与力がこりゃこりゃ、この場を何と心得る
とたしなめて審理を続行するものの、決定的な証拠がないために天学の立場は強くなるばかり。このあたり松緑丈が、すばらしい存在感を見せてくれました。与力がほとほと困り果てた顔をしたところでお待ちかね、遠山左衛門尉様ご出座〜
の声がかかり、いよいよ遠山金四郎の登場です。初めはこれもお約束で、ちょっと甲高いすまし声で審理を進めるが、小三郎が金次を捜して下さいと懇願し、これに対して天学も出せるもんなら出してみろ
と図に乗った途端、出ました。やかましいや!悪党め
の決めゼリフ。金さんの啖呵の最中、上から桜吹雪がはらはらと降り注ぎます。そして、殿様金次たぁ俺のことだ。佐島天学、恐れ入ったか!
に天学はすごい目付きでん〜〜〜〜〜〜〜
と唸り続けましたが、ついにはっと息を吐き、観念。小三郎とおわかに優しい声をかけた金四郎がこれにて一件落着
と宣言すると、場内全点灯。金四郎はじめ白州の者たち、それに一度は引っ立てられていった天学の松緑丈も戻ってきて舞台に居並び、菊五郎丈の「いずれも様には、よい年をお迎え下さりませ」の挨拶に万雷の拍手が降って、幕となりました。
今年の観劇も、これでおしまい。菊五郎丈の目が行き届いた楽しい芝居で一年を締めくくることができて、幸せ。