国立劇場で、文楽「奥州安達原」。ストーリーの全体は前九年の役で滅びたはずの安倍貞任・宗任兄弟が安倍家復興と奥州独立をめざして源義家に戦いを挑むという大掛かりなもので、この日の「朱雀堤」から「谷底」はその三段目と四段目にあたり、環の宮失踪事件の謎解きが物語の縦糸となります。
まずは「朱雀堤の段」。かつてNHKの大河ドラマで『炎立つ』という11世紀の前九年の役から後三年の役を経て奥州藤原氏滅亡までを扱った異色のドラマにはまったことがあって、この番組を機に奈良〜平安期の奥州史を自分なりに勉強していたので、「奥州安達原」の主役である安倍兄弟と源義家の関係はあらかじめわかってはいました。とはいうものの「朱雀堤の段」は、盲目の袖萩とその娘お君、義家の旧臣生駒之助と恋絹、袖萩の父で義家の舅でもある平傔仗直方といった、主役以外の主要人物がさまざまに絡み合う段で、当然史実の知識は何の役にも立ちません。そのため、筋書きに書かれた複雑極まりない「これまでのあらすじ」をあらかじめ頭に入れておかないことには理解が追いつかず、耳で義太夫を聴きながら目は筋書きで前の段までのストーリーを追うという、一種スリリング(?)な展開となってしまいました。
続く三段目の切「環の宮明御殿の段」は、歌舞伎では「袖萩祭文」として高い頻度で舞台にかかる名場面。守役を務めていた環の宮がさらわれた責任をとって切腹しなければならない日限を迎えた傔仗のもとへ義家、そして桂中納言則氏が現れます。義家が安倍宗任とにらむ科人南兵衛の詮議の中で、宗任が源氏の白旗に自らの血でしたためる(本当に赤い文字が現れる)和歌「わが国の梅の花とは見たれども大宮人はいかがいふらん」に、思わずこちらはにやり。筋書きには書かれていないがこの歌は、前九年の役の結果降人となった安倍宗任が都に送られた際、風流を知らない蝦夷は梅の花も知るまいと見下して問うた公卿に返した歌として伝えられている史実を踏まえたものです(宗任はその後伊予〜筑前に流され、松浦党の祖となったとも言われています)。
しかし、人の姿が消えて雪が降りしきる中、父傔仗の身を案じた袖萩が娘お君に手を引かれてとぼとぼと現れるあたりから舞台上は悲劇性がぐっと増してきます。かつて浪人と駆け落ちし、その後落ちぶれて物貰いをしている袖萩を、哀れとは思いつつも武士の体面から許すことができない傔仗とその妻浜夕の葛藤。柴垣の外から歌祭文で親不孝を詫びながらも父の厳しい拒絶にあい癪を起こした袖萩に、寒空の下、身ひとつになって着物を母にかけるお君。そんなお君と袖萩の様子に、たまらず垣根越しに打掛を投げる浜夕の嘆き。生身の役者以上に真に迫った人形の動きと千歳大夫の渾身の語りに、本当に泣けてきます。そして傔仗は環の宮失踪の責を負って切腹し、また実は安倍貞任が夫だったことがわかった袖萩も傔仗を刺せと宗任から渡された懐剣で自害して、ようやく親子は対面を果たします。ここまでたっぷりと泣かせたあと、陣鉦の音とともにがらりと雰囲気が変わり、桂中納言則氏が義家に正体を見破られ、二人の組子を文字通り蹴散らすと、ぶっかえり&髪の毛を逆立てて貞任に変身。
生駒之助と恋絹夫婦の情愛をしっとり描く「道行」に続いて、いよいよスプラッターホラーの「一つ家の段」。能の「安達原」、歌舞伎の「黒塚」と同じく黒塚鬼女伝説を下敷きにしていますが、主人公の老女・岩手が怖いのなんの。たまたま宿を借りようとした旅人は腕を引き抜かれ喉笛に喰いつかれて絶命し、その死骸は畳の下に蹴落とされます。これだけでも十分恐ろしいのに、さらに通りかかったのが生駒之助と恋絹。折悪しく産気づいた恋絹は、生駒之助と老女が薬を買いに出た間に覗くなと言われた奥の間を覗くと、そこには頭蓋骨や人の腕。驚く間もなく、生駒之助が老女の策に落ちて安達原を彷徨っている間に戻ってきた老女に胎児を差し出せと迫られ、必死の懇願も空しく懐剣に貫かれた上に腹を十文字に切り裂かれて、血まみれの胎児を取り出されてしまいます。客席からは「うわー」という悲鳴も上がりましたが、そのあまりにもリアルで残酷な表現は、文楽でなければとても許されないだろうと思えるほどのものです。もちろんこの老女には、能「安達原」の鬼女に見られた自分の性との葛藤は微塵もなく、揺るぎない意思をもって悪行を重ねていきます。ここまでくるとある意味爽快ですらあるのですが、それは老女が貞任・宗任の母で、環の宮を立てての奥州独立の大望を二人と共有しているからであり、その芯の通り具合がしっかり伝わってきているからでもあります。しかし、恋絹が自分の血を分けた娘だったことが判明して老女もさすがに涙を流し、しかもさらってきた環の宮や匣の内侍らが義家方の偽者(源義光と鎌倉景政(「暫」!)はいずれも、後三年の役で義家を支えた武将)だったことがわかると絶望して、谷底に身を投げます。ここでは老女が哀れに思えてきて、三業の連携プレーによっていつの間にかこの老女に感情移入させられていたことに気づきます。
そのまま舞台が上方にせり上がって最後の「谷底の段」、主役たちが後日の戦場での再会を約して、幕。
さすがに6時間の長丁場は心身にこたえましたが、久しぶりの文楽をたっぷり堪能して満足。また、「黒塚」部分に関しては能の高尚とは対極にあると言っていいテイストの違いも目の当たりにして、何かと興味深い演目でした。