東京文化会館で、東京バレエ団の「ベジャール=ディアギレフ」(ベジャール・プロ)を観ました。これは、タイトルのとおりベジャールとディアギレフ(バレエ・リュス)という20世紀バレエの2大転機を比較して見せようという企画で、チケットがとれなかったディアギレフ・プロの方は「ペトルーシュカ」「薔薇の精」「牧神の午後」、そして今夜のベジャール・プロの演目は「ペトルーシュカ」「ギリシャの踊り」「ボレロ」の3作。「ギリシャの踊り」のソロをベテラン首藤康之が、「ボレロ」を上野水香がそれぞれ踊るのが眼目です。
しかし私がもっとも楽しんだのは、最初の「ペトルーシュカ」。もともとストラヴィンスキーのバレエ曲の中でも、「春の祭典」や「火の鳥」以上にこの「ペトルーシュカ」が大好きで、冒頭の謝肉祭の賑やかな情景から一転して全楽器がフォルテシモでロシア的な旋律のメインテーマに収斂する瞬間など、何回聴いても感動します。そしてベジャールの「ペトルーシュカ」でも、この曲の輝かしさを視覚的に見事に増幅する振付けの美しさに見惚れてしまいます。ダンサーの中では、主人公の古川和則が賞賛すべき頑張りでしたが、それ以上に井脇幸江さんがすばらしいものでした。ストーリーは変えられていて、ペトルーシュカ、踊り子、ムーア人に相当する若い男女が出てきますが、そこに魔法使いが現れて主人公の若者を鏡の迷路にさまよわせます。ここで若者は次々に仮面(ペルソナ)をつけてみますが、その度に鏡に現れる彼の影が増幅しては若者をさらなる迷宮に引きずり込みます。この鏡の迷路の造形やグロテスクな仮面をつけた奇怪なダンスもまた、ベジャール全開で曲のシュールな雰囲気を際立たせています。再び明るい祭りの場に戻ったとき若者は、もはや恋人や友人、あるいは群衆の姿をありのままに見ることができず、ついに人格を失って魔法使いに連れ去られていきます。
「ギリシャの踊り」は昨年シルヴィ・ギエム来日のときに観ているので新鮮味はありませんが、それでも若者たちの踊りで10人の男性が一斉にジャンプ・回転して白いズボンの裾が海風に激しくはためくように見えたのが圧巻でしたし、パ・ド・ドゥでの高村順子さん、ハサピコでの吉岡美佳さんにいずれも見惚れてしまいます。ソロでの首藤康之は、すべての動きに神経が行き届いた円熟のソロを見せてくれて他のダンサーとは一線を画していましたが、回転でわずかに軸がぶれる場面も。とはいえ、終わった後の観客の熱狂的な歓声は、やはり首藤康之に向けられていました。
「ボレロ」は今回一番の話題。長い髪を大きくなびかせ、あるいはかきあげながら踊る上野水香のメロディは確かにすてきで、とりわけグランド・スゴンドの足の高さとその動作の鋭さは彼女ならでは。ただ、やはりまだまだオーラが足りません。ところどころに感じられたぶつ切り感もさることながら、上野水香のメロディは直径数mの赤い円テーブルの上を自分の領域にしていて、それは誰がメロディを踊ってももちろんそうなるのですが、これがシルヴィ・ギエムの場合はその円卓の上から舞台上の大勢のリズム達を支配し、操るさまがまざまざと見てとれます。そしてその支配力が、曲のクレッシェンドにつれて舞台上から溢れ出して客席をも官能の坩堝に巻き込むのが醍醐味なのですが、さすがにそれほどのエネルギーを放射する高みにまでには、上野水香はまだ到達していませんでした。



