地鳴りのような拍手、怒号のごとき歓声、「アンヘル・コレーラ、ブラボー!」。東京文化会館でのアメリカン・バレエ・シアターのオースルター・ガラ、「海賊」のパ・ド・ドゥでのアンヘル・コレーラは、人間わざとは思えない強烈なパワーとテクニックで、観衆を完全にノックアウトしたのでした。
テーマとヴァリエーション
最初はバランシンの「テーマとヴァリエーション」。一見古典作品のようでありながら、ストーリーも役柄もないこの抽象バレエはこれまで私の苦手作品だったのですが、さすが本家ABTが踊るとひと味もふた味も違います。たて2列に並んだ女性ダンサーたちが音楽の始まりと同時に大きく素早く腕を振って内側へ切れ込んでいくスリリングな動き、男性ソリストの豪快なトゥール・ザン・レールの連続、女性ソリストのアラベスクの美しさなど見どころが多く、そして冒頭のシンプルなテーマがさまざまなヴァリエーションを経てフィナーレに達するこの作品の構造がしっかりと伝わってきます。
ばらの精 / マノン
休憩をはさんで第2パートでは、10分程の短い3演目が続きます。「ばらの精」は、おなじみの音楽に乗って跳ぶエルマン・コルホネのバネの強さに驚きました。文字通り、空中で静止しているように見える高さです。続く「マノン」はジュリー・ケントとフリオ・ボッカのペアで期待したのですが、先日のシルヴィ・ギエムの残像が残っているせいか(?)、ひとつひとつの振りが決めきれていないように感じてしまいました。
海賊
そして、この日一番の見ものとなった「海賊」。これが凄かった!まさに血沸き肉踊るという感じ。アダージョはまだ抑制がきいていて、パロマ・ヘレーラの爪先まで神経の行き届いた丹念な造形のアチチュードにぽーっと見入っていたのですが、ヴァリエーション〜コーダに入ったら歯止めがなくなって、恐るべき超絶技巧の応酬。アンヘル・コレーラが強力なグラン・テカールや比類ない滞空時間のグラン・ジュテで観衆の度肝を抜けば、パロマ・ヘレーラもグラン・フェッテ・アン・トゥールナンで軸が微塵もずれない完璧な高速回転を繰り出し、間髪を入れず続くアンヘル・コレーラのグランド・ピルエットでは1動作で6回転してみせたり、回転半径を縮め高速回転を維持しながら軸足の膝を落としたり。客席からは踊っている途中から「うわっ?!」とか「うおー!」といった悲鳴に近い歓声があがり、それぞれのキメで「どうだっ!」とばかりにポーズが決まると大興奮の拍手。終了後には、立ち上がって拍手をしている人も少なくありませんでした(しかし、これだけ書いても、その場で目にした奇跡の10分の1も伝えられていないのがもどかしいのですが)。
2度目の休憩時間にロビーに出てきた観客は、一様に上気した顔をしていました。そして、おおぜいの女性たちがアンヘル・コレーラの映像を求めてDVD売り場に殺到……。
シンフォニエッタ
レオシュ・ヤナーチェクの同名の曲にイリ・キリアンが振り付けたもの。この曲名でピンと来なければならなかったのですが、オーケストラピットの左右に6人ずつずらっと居並んだブラスとティンパニで演奏された第1楽章は、あのEmerson, Lake & Palmerの「Knife Edge」そのもの。これが「Knife Edge」の原曲だったのか。背景には緑の草原とその向こうに青い山脈がパステルカラーで朦朧と描かれ、ダンサーたちは舞台上を縦横無尽に駆け回りながら、時折イリ・キリアンらしい不思議な造形を見せ、その姿は大地に捧げる儀式のようにも見えます。曲は5楽章からなり、全体にはっきりした美しいメロディーをもっていて、朗々としてしかも緊迫感のあるブラス、透き通るようなストリングス、鋭いハープのアルペジオ、重いコントラバスが、入れ替わり、立ち替わります。なるほどこの作品は、ヤナーチェクの音楽を視覚化するための作品なのだと思い至るのにそれほど時間はかからず、客席に了解の落ち着きが広がっていきます。終楽章、男性二人の厳しいスピードでのユニゾンから徐々にダンサーが加わり、舞台の明るさも動きの激しさも増していきます。最後に7組の男女が背景の大地に向かって両手を広げて歩み寄っていく姿を見せながら、オーケストラの荘厳な響きのうちに幕。
来週は、同じABTの「ドン・キホーテ」です。バジルがアンヘル・コレーラではないのが残念ですが、ジリアン・マーフィーのキトリと、今日出てこなかったホセ・カレーニョのバジルという組み合わせも、大いに楽しみです。