中村勘九郎改め勘三郎襲名披露公演の2月目。昼夜通しで観ましたが、どの演目も楽しめて、とても充実した一日でした。
ひらかな盛衰記
まず「源太勘當」は「ひらかな盛衰記」の二段目、宇治川の先陣争いに敗れた梶原源太景季(勘太郎丈)が切腹すべきところを母延寿のはからいで勘当の身にとどまり、西国での戦で汚名を雪ごうとするという話。源太は箙に梅の枝を差して戦場を駆けたという逸話をもつ若武者だけに、この芝居の中でも優美な若武者ぶりを存分に見せてくれます。ここに弟の平次(海老蔵丈)一派が絡むのですが、この弟が憎々しいヤツながら、肝心のところで弱くて母に泣きついたりと、見事に海老蔵丈のイメージを覆してくれて場内大笑い。もとは七之助丈が源太、勘太郎丈が腰元千鳥という配役の予定だったのですが、七之助丈の事件でこういう配役になったものながら、勘太郎丈の源太もいかにも爽やかさがあってよかったと思います。なお、先陣問答にかかるところで背後の襖が開いて背景の大広間が見通せるようになり、いっぺんに空間が広がってあたかも戦場に移ったかのような効果が見事。
京鹿子娘道成寺
紅白横縞のすばらしく明るい舞台上で、長丁場の踊りを踊りきる耐久競技のような過酷さがありながら、勘三郎丈の踊りは最後まで白拍子らしい優美さを失いません。それに、踊っているうちに勘三郎丈の顔がだんだんほっそりと美しく見えてきたから不思議です。何度かの引き抜きで衣裳を次々に替えながら踊り続け、鐘から出てきたところで鱗四天との立ち回り、そして歌舞伎座への復活なった團十郎丈が紅筋隈も鮮やかに太青竹を抱えて登場して、歌舞伎十八番「押戻し」。最後は、鱗四天が居並んで蛇の型となって華やかに終わります。ところで、お約束の所化による「舞」の由来の解説、今回はシューマイの作り方の解説が妙に詳細で笑いました。でもって、食べてみたらこりゃウマイ、だそうです。最初に般若湯を持ち込んだり、「落ちました、落ちました、鐘が落ちました」に「なに、カネが?」と皆いっせいに地面に銭が落ちていないかと探しまわったりと、実に煩悩だらけの所化たちに大笑い。
与話情浮名横櫛
これは以前観たのと同じ、仁左衛門丈・玉三郎丈コンビ。その前回観たときに勘九郎丈がつとめていた蝙蝠安を、今回は左團次丈がつとめて、これもいい味を出していました。なお、今回は「見染め」と「源氏店」で、間の「赤間別荘」は省略されています。
夜の部は東の一列目、前の方から二番目という、舞台と花道を真横から観る席で、舞台を観にくくはありますが、役者さんの表情や細かい身体の使い方、黒衣の動きがよくわかる場所です。
毛抜
歌舞伎十八番「毛抜」は「鳴神不動北山桜」の三幕目で、「毛抜」で「ことわりや」の短冊を持ち出すのも「鳴神」で雲の絶間姫が鳴神上人をだまして龍神を解き放つのも、同じ旱魃対策のため。しかし、ここは全体の筋書きを知らなくても十分楽しめるユーモラスな一幕になっていて、なにしろ團十郎丈の粂寺弾正が理屈抜きにおおらか。小野春道との対面を待つ間、煙草盆をもって給仕にやってきた秦民部の弟・秀太郎(勘太郎丈)や茶をもってきた腰元・巻絹(時蔵丈)を男女の見境なく口説いていずれもふられ、そのたびに客席に向かって面目次第もございませーん
と笑ってみせる、とんでもない使者です。そして聞きどころは、小磯の兄を名乗る偽者に自分は閻魔とは兄弟づきあいだから地獄へ行って妹を連れ帰ってこいというあたりの長台詞。真面目くさって冗談としか思えないことを滔々と弁じたて、悪者をすっかりやり込めてしまい、聞いているこちらも気分すっきり。場内が、團十郎丈の春風駘蕩ぶりににこにこさせられる一幕。しかし、からくりの磁石が巨大な方位磁石というのは、いかにも歌舞伎らしいいい加減さです。
口上
一年ぶりに歌舞伎座に帰ってきた團十郎丈が江戸時代からの中村家と市川家のかかわりの深さを述べ、左團次丈は十七代目勘三郎を「イヤなジジイでございました」とやって観客大喜び。勘太郎丈・七之助丈ともどもご贔屓に、という挨拶も少なくありませんでした。
籠釣瓶花街酔醒
今日の白眉。いったん場内が真っ暗になって暗闇の中に幕が開き、次の瞬間全点灯で舞台上に華やかな吉原が現出する演出。中央の竹垣の中に満開の桜、その足元には山吹の花。そこへ花魁道中が次々に現れて、七越(勘太郎丈)が上手から、九重(魁春丈)が花道から、最後に八ツ橋(玉三郎丈)が桜のうしろから。とりわけ八ツ橋の豪華絢爛な衣裳には場内がざわついたほど。そして、呆然とする次郎左衛門を八ツ橋が花道に差し掛かるところから振り返り見て婉然と微笑む場面では、観衆の視線が玉三郎丈の表情に釘付けになりました。また、三幕目の縁切りの場も勘三郎丈と玉三郎丈の間がすばらしく、「花魁、そりゃあんまりそでなかろうぜ」に心底同情。かたや八ツ橋が次第に苛立ちを募らせて、ついに栄之丞を「実はわちきの、(一拍間をおいて)間夫でござんす!」で高ぶる心をぎりぎりで抑える表情、部屋の外に出て奥へ引っ込むときにもいったん沈み込み、ついと思い切るように振り返って歩み去るその動きまで、どこをとっても一分の隙もない感じ。この後に、打ちのめされ取り残された次郎左衛門の背中へ九重がそっと羽織をかける心遣いが、これまた泣かされます。大詰めでは、次郎左衛門の目にかすかに宿る狂気(この「かすかに」というところが絶妙)に観ている方は不安にさせられ、こっそり足袋を脱いで座布団の下に隠すところでぎくりとさせられます。ついに最後の八ツ橋斬殺でカタストロフィを迎えて幕となるのですが、2時間余りのこの芝居、最初から最後まで引き込まれてしまって、まったく長さを感じませんでした。