近松門左衛門の人形浄瑠璃「冥途の飛脚」を歌舞伎に移した「恋飛脚大和往来」の中の一幕「封印切」は、ずっと前から観たいと思っていた演目ですが、この度歌舞伎座であの鴈治郎丈が忠兵衛、富十郎丈が八右衛門という組み合わせ、その上時蔵丈・左團次丈・田之助丈といった好配役で掛かることになり、これは見逃せないと幕見席に陣取りました。
この芝居のサブタイトルに「玩辞楼十二曲の内」とあるように、主人公忠兵衛は初代以来の鴈治郎丈の当たり役で、「井筒屋」の明るい見世先に鴈治郎丈が姿をあらわすとますます舞台が輝いて見えます。思わず身を乗り出して見入ってしまいましたが、おえんの田之助丈とのやりとりにみせるおかしみが上方和事芸。舞台が回って「茶室」で梅川の時蔵丈と舞踊的な振りを見せたあと、再び「井筒屋」でいよいよ富十郎丈登場。
八右衛門はもう少し憎々し気に演るのかなと思っていましたが、最初は思いのほかに淡白な悪役で客席を適当に笑わせたりしていたので不思議に思っていたら、悪口雑言に我慢できなくなった忠兵衛との間での金を見せろ見せないのやりとりが上方漫才のようにテンポよく、しかしだんだん忠兵衛が二進も三進もいかなくなるように実に巧みに盛り上げていきます。鴈治郎丈にとっても見せ所のこの場面、富十郎丈のつっこみにきっと左を向いた瞬間に反対側の右手を後ろに回して手にしていた煙管と煙草入れを後方の仲居のところまで飛ばすという小技を見せておっと驚かせましたが、その後は徐々に追い詰められていく忠兵衛の葛藤がひしひしと伝わり、男の意地からついに預かり金の封印を切ってしまったあとの悲劇への一瞬の大転換を説得力あるものにしていました。長年の名コンビのさすがの芸に唸るばかり。
最後、忠兵衛が一人で引っ込むのが玩辞楼十二曲独自のやり方だそうですが、死出の旅へと発つ忠兵衛の心情が哀れを誘い、しんみりと終わります。この後、忠兵衛と梅川の道行を描く「新口村」が夜の部に仁左衛門丈で用意されていましたが、今日は「封印切」で十分満足したので、そちらは別の機会に観ることにしました。