9月の大歌舞伎は小泉首相が演説で引用して話題になった「米百俵」が夜の部にありますが、自分としては前々から見たかった「紅葉狩」に興味の中心がありました。ところが例によって幕見でいこうと夜の部開演の1時間前に歌舞伎座についてみたら、幕見席受付前は今まで見たこともない長蛇の列。小泉効果に違いありません。当日券も三等席が残っているわけはなく、泣く泣く大枚をはたいて二等席を買いました。
米百俵
戌辰戦争に破れ減石された長岡藩での実話を山本有三が戯曲にしたもので、歌舞伎座での上演は22年ぶりとのことです。ストーリーとしてはたいへんわかりやすく、テンポも決して悪くないのですが、小林虎三郎役の吉右衛門丈がところどころ台詞をかんでいるのが気になり、橋之助丈の伊東喜平太も感情の起伏が首尾一貫しない感じでなんとなく納まりが悪く感じました。
紅葉狩
楽しみにしていた「紅葉狩」は能から来た演目ながらいわゆる松羽目物ではなく、歌舞伎らしく満艦飾の紅葉が美しい背景に常磐津・竹本・長唄の三方掛合で華やかな舞台。更科姫 / 鬼女の雀右衛門丈はたしかもう80歳を超えていると思いますが、あの重たい衣裳をまとっての芝居はたいへんだろうなぁ、と思ってみていたらやはり苦しそうな場面もないではありません。また更科姫の舞の中で二枚扇をアクロバティックに空中に舞わす場面があるのですが、何カ所かでぴったり決まらずそのたびに見ているこちらはハラハラしました。更科姫が鬼女の本性を現わして野太い声で腰元たちに「これ!」と声を掛けるところからストーリー的には緊張感が一気に高まりますが、吉右衛門丈の山神が童子の姿で出てきて、寝込んでいる平維茂らを起こすために足を踏みならして踊る場面でビーズ玉(?)を列ねた長い数珠を襷がわりに背中に回そうとしたときに、なんと数珠が切れてビーズ玉があたりにぶちまけられてしまいました!どうなることかと思ったら吉右衛門丈はそのまま危険を顧みず舞を続け、そのすぐ後ろで後見が踊りの足と交錯しそうになりがなら必死にビーズ玉をかき集めています。こんなトラブルは初めて見ましたが、最後の維茂と鬼女の見得が決まったときは心底ほっとしました(なお山神の舞の中で、片足を軸にくるくる回り最後に跳び上がって両膝で着地する場面(飛び安座)がありましたが、NHK大河ドラマ「花の乱」で細川勝元の最期の場面に野村萬斎が見せた舞踊もこれと同じ動きだったと思います)。
女殺油地獄
最後の「女殺油地獄」は近松。上方言葉を使って自己中心的で刹那的な与兵衛を演じた染五郎丈が、現代的な演技ながらにすばらしい。気ままに放蕩の限りを尽くしてきた息子が両親の心情に触れたときに、その両親に迷惑をかけられないがために狂気の惨劇にはまりこんでいく最後は、鬼気迫るものがあります。孝太郎丈のお吉ともども、油まみれになってのたうちまわる凄惨な殺しの場面のあまりのリアルさは、観衆が声を失うほどに見ごたえがありました。